2017年10月18日

猿の惑星・聖戦記

~そして人間は言葉を失った・・・

前2作「創世記」「新世紀」を前日にDVDで観て予備知識を仕入れ公開初日に観てきました。チラシの副題が~そして、猿の惑星になる、いよいよ地球は猿の惑星へ、です。

新シリーズは旧作の4「猿の惑星・征服」の新解釈とのことですが、旧作だとシーザーはタイムマシンで3955年から1973年に来た知能を持った猿・コーネリアスとジーラの子なので知能が高い、ということになっていて、ではなぜコーネリアス達が知能を持つようになったのか?というのは示されていない。それが「創世記」では設定年代はおそらく制作年の2011年で、アルツハイマー治療薬をチンパンジーで実験したところ知能が高くなった、ということになっていて納得がいく。また多数の猿たちが知能を持った訳も、知能を持ったシーザーがより強固な薬を猿の檻にばらまいたので、また人間社会が崩壊するのも実はアルツハイマー薬は人間にとって有害だった、というのが最後に示されこれも納得がいく理由付け。

続く「新世紀」では親人間派のシーザー達と、生き残った親猿派の人間たちとが、お互い別の所で人間と猿は暮らすことになりかけるが、人間に虐待された経験を持つコバ達と、やはり対猿派の人間達により戦いの火ぶたが降りる。

そこでいよいよこの「猿の惑星 聖戦記 グレート・ウォー」。原題は War for the planet of the Apes なので聖戦記を除いてグレート・ウォーだけでいいのでは?とも思う。

設定は前作「新世紀」の2年後、猿対人間の戦いは続いている。シーザーは結婚し子供が二人いるが、人間の部隊マッククロウ大佐に妻と子供の一人を殺されてしまい、復讐の鬼となってしまい、かつて人間を憎悪した猿・コバと同じ心になってしまっている。シーザーの親としての苦悩や、猿社会対人間は現在の地球の国家間の争いにも通じるかと思うほど猿・シーザーはもう人間そのものといった体だ。最後は自然の驚異に大きな力を持たせている。

森に立てこもるマッククロウ大佐の部屋のシーンではジミヘンのヘイ・ジョーが流れ、地獄の黙示録を思い、一人森にいたバッド・エイプスは指輪物語で”いとしいしと”と言うスメアゴルを思い浮かべてしまった。
言葉を失った少女が持つネームプレートはNovaで、3955年の「猿の惑星」に出てくる女性と同じだ。また少女とシーザー達が馬に乗る様も「猿の惑星」の最後でテイラーとノヴァが馬に乗って浜辺を進むシルエットと重なる。

「創世記」が2011年だと「新世紀」は10年後ということなので2021年、「聖戦記」はその2年後なので2023年。旧作「猿の惑星」「新・猿の惑星」は3955年なので、1932年後にすべてが無になることになる。この聖戦記で人間は言葉を失い、実は地下に潜った人たちもいて・・ ということか。H・Gウエルズの「タイム・マシン 」 では人間が地上人と地下人モーロックに分かれる世界になっていて、地下人の食糧は地上人だった。未来を描く物語は多くが戦争で破壊された世界で、平和な楽園はでてこないなあ。

猿の惑星:創世記(ジェネシス) (字幕版) -
猿の惑星:創世記(ジェネシス) (字幕版) -

猿の惑星:新世紀(ライジング) (字幕版) -
猿の惑星:新世紀(ライジング) (字幕版) -

猿の惑星 [Blu-ray] -
猿の惑星 [Blu-ray] -  映画をみたあと旧作ももう一度見てみたくなり、5作全部レンタルしてみた。第1作を見たのは高校2年1973年の初テレビ放映で、翌日は教室で話題になった。やはりあのラストシーンは衝撃的だったが、今見てみると猿の家とか、え?という感じだった。

猿の惑星 (創元SF文庫) -
猿の惑星 (創元SF文庫) -  ピエール・ブールの原作は、もうひとつどんでん返しのオチがある。


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2017年10月16日

北千住へ3(一葉記念館、新吉原)

地下鉄日比谷線三ノ輪駅で降り、樋口一葉記念館、さらに新吉原を目指しました。地図を見ていると記念館のすぐ近くが新吉原。つい先日NHKで「眩~北斎の娘」を見て、その中でお栄が遊女を描くために吉原に行く場面があり、さらに例によって事前検索するとけっこう行ってる方がいるので行ってみることにしました。

千束稲荷神社まずは三ノ輪駅近く、千束稲荷神社。この境内に樋口一葉像があります。

樋口一葉像千束稲荷神社内の樋口一葉像。

一葉記念館一葉記念館。記念館向いは一葉記念公園になっていて、この一角だけ車両侵入禁止になっています。子供たちが路上で遊んでいました。記念館は3階建ててこじんまりとしていますが、一葉の軌跡がわかりやすく展示されていました。この新吉原と接するこの竜泉町で駄菓子屋をやって周辺の生活を体験したことが、「たけくらべ」などの作品につながったとあります。

たけくらべ記念碑一葉記念公園内たけくらべ記念碑(一葉記念公園内)

たけくらべ記念碑説明版たけくらべ記念碑説明文

竜泉町新吉原地図滝泉町新吉原地図。記念館内にあります。1、2階は撮影可でした。また記念館にはたけくらべゆかりの地ぶらりまちあるきマップがおいてあり、歩くのにとても便利でした。

樋口一葉旧宅跡記念館近くの樋口一葉旧宅跡。一葉記念館にはこの通りをはさんだ家並の模型もありました。また上の写真の地図をみると、この一葉宅の前の道を右に進むと、吉原を囲むお歯黒どぶにぶつかり、この道は現在も同じで、この道を進み、揚屋通り、江戸町通りの看板を右に見て、日本堤の信号を右に折れ、 「土手の伊勢屋」を向いに見てやっと「見返り柳」につきました。

見返り柳見返り柳

見返り柳説明版見返り柳説明版

吉原大門見返り柳から、湾曲した道を進むと「吉原大門」の赤い門が見えました。写真では左だけですが両側にあります。この通りが「仲之町通り」でメインの通り。大門についたのが4時11分。今の時期ネオンがもうついているのです。入口はもうスタンバイ状態で各店舗黒ズボンの方々が立ってタクシーも次々入ってきます。視線を振り切り緊張して通り抜けました。通りの終わりには江東区立病院がありました。あのドラマ、「北斎の娘」、もしくは幾多ある吉原が出てくる話はこの通りを歩いたのか。。と納得しました。あとで地図を見ると病院隣には保育園、区保健センターなどもあるのですね。

吉原弁財天
メインの中之町通りを過ぎると吉原弁財天がありました。新吉原が作られた時に残された池(弁天池)跡で遊郭の楼主たちが池畔に弁天祠を祀ったといわれています。関東大震災時の犠牲者を弔う観音像もあり花が供えられていました。

大音寺国際通りに抜け、「たけくらべ」の信如の育った龍華寺のモデルといわれる大音寺を見て、竜泉界隈めぐり、終了しました。

→錦絵でたのしむ江戸:新吉原(国会図書館)

カストリ書房(新吉原にある遊郭専門の本屋)

なんと新吉原を歩いたその日の日経の夕刊に新吉原をガイドと歩くツアーがある、という記事が載っていました。
 TABICAというツアーのようです。

ラベル:樋口一葉
posted by simadasu.rose at 17:27| Comment(0) | 旅・県外 | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

北千住へ2(日光街道千住宿)

国道4号旧日光街道Y字路橋下の御上り場から地上に出たところ。向かって右の旧日光街道を進みます。

北千住やっちゃ場南詰程なく「やっちゃ場南詰」の説明版がありました。現在の千住河原町の日光街道の部分が「やっちゃ場」と呼ばれた青物市場で、足立区HPによれば公式には享保20(1735)に開設され、「やっちゃ」は掛け声で「やっちゃ場」と言えば市場の事、と広辞苑にはあります。 →「やっちゃ場」の歴史 
 やっちゃ場から足立市場へ(東京都中央卸売市場HP)個々の問屋から東京都の足立市場となる。なんと昭和20年4月13日、開場後62日目で戦災に合い焼失。

千住市場問屋市場配置図途中に「昭和5年千住市場問屋配置図」がありました。

千住河原町通りはこんな感じ。

千住葱 福嶋憲太郎千住葱と郷土史家 福嶋憲太郎の説明文。千住葱は高級葱として取引され3軒の問屋があったとあります。

千住やっちゃ場北詰
やっちゃ場北詰。ここでやっちゃ場通りは終わり。スリーエフというコンビニの壁面。元はお酒屋・相州屋とある

源長寺千住中町交差点北詰終点の向いは源長寺の交差点となる。

かもん宿商店街源長寺からは千住仲町となり「かもん宿商店街」の看板。

千住かもん宿説明版掃部(かもん)宿の説明版が「掃部宿憩いのプチテラス」にある。(千住仲町7-8)
→千住宿の説明(足立区郷土資料館) 当初は千住宿はこの通りの先の千住1丁目から5丁目までで、交通量増大により万治元(1658)年にこの掃部宿まで広がったとあります。

千住ほんちょう商店街さらに進み、足立成和信用金庫の交差点から「ほんちょう商店街」に。ここからレンガ色の石畳になった。千住1丁目、2丁目の部分。

千住宿問屋場貫目改所信金のすぐ隣は広場になっており「千住宿問屋場・貫目改所跡」の説明版がありました。

森鴎外旧宅の地商店街を右に曲がると森鴎外の旧宅跡があるはず・・ と確かに看板はありましたが工事中でした。

橘井堂医院跡「橘井(きっせい)堂医院跡」 鴎外の父が開院した医院で大学卒業後から結婚するまでここに住んでいたとあります。 →鴎外と千住(足立区郷土資料館)

千住宿場町通商店街宿場町通商店街 千住3丁目。北千住駅に向かう通りと交差し、とても賑やかです。

千住宿本陣跡本町商店街の看板のすぐ真下が「千住宿本陣跡」

千住本陣跡説明版千住本陣跡説明版。これによるとこのお店のずっと奥まで本陣だったようです。

本陣までたどり着いたので、今度は地下鉄日比谷線で三ノ輪まで行き、樋口一葉記念館をめざします。









posted by simadasu.rose at 12:04| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

北千住へ1(JR日光線・東武日光線)

JR日光線に乗ったことが無かったので宇都宮から日光まで乗車しました。また戻ってくるのもつまらないと思い、東武日光線で東京まで行き、確か北千住は芭蕉の関係する土地だと思い北千住周辺を見てきました。県内はほとんど車で移動なので、車窓から見る杉並木が新鮮でした。

JR日光駅ホームJR日光線ホーム。10時半着でしたがスペイン系の外国人がたくさん降りました。軽装なので東京から日帰りなのでしょうか。

JR日光駅前日光駅前から世界遺産めぐりのバスに乗り込んでいました。10分おき位に運行してました。奥の薄緑の屋根が東武日光駅。女峰と男体を望む。

JR日光駅舎JR日光駅正面。2階は昔の一等客用の待合室が見学できました。

東武日光線スペーシアスペーシアけごんに乗って出発。北千住までは約90分です。新鹿沼あたりでJR日光線とは45度位西にずれ、栃木、渡良瀬遊水地の西を通り、栗橋でJRと交差し、春日部を通り北千住に到着です。宇都宮線だと大宮を過ぎると一面水田が広がりますが、こちらは畑もけっこうありました。

北千住芭蕉像北千住駅からは、足立区のコミュニティバスに乗り、足立市場前で降りました。降りるとすぐ芭蕉の像が立っていました。

北千住芭蕉像説明版芭蕉生誕350年を記念して平成16年に整備したとありました。

足立市場足立市場は芭蕉像のすぐ隣にありました。北千住にも市場がある、というのを事前検索で知って、お昼はこの足立市場にある食堂で食べようと思い「徳田食堂」のかさごの煮つけ定食を食べました。1時20分頃になっていたので海鮮丼は無くなってしまっていました。魚の煮つけもなかなかうまくできないので、この味付けを舌に覚え込みました。右の家並が食堂で5軒あります。

千住橋戸町Y字路道標
食事を終えいよいよ千住大橋脇の大橋公園に向かいます。橋に向かって右が国道4号、左が旧日光街道の道標があります。

大橋公園入口「奥の細道 矢立初めの地」の石碑がありました。

大橋公園奥の細道碑公園内には芭蕉が深川を船で立ち、この千住で陸に上がったのがここである、との碑がありました。

大橋公園奥の細道図全体の奥の細道行程図もあり親切な公園です。

千住大橋下堤防公園からは墨田川の川べりに降りることができ、堤防に千住関係のプリントがしてありました。

千住大橋下堤防安藤広重の絵安藤広重の千住大橋の図

橋番付千住大橋下堤防江戸時代の全国橋番付。千住大橋は行司です。

千住大橋際御上り場千住大橋の下に小橋があり橋の川下に行け、そちらが江戸時代の船での「千住大橋際御上り場」であるとの展示がありました。芭蕉もここで船を降りたと思われます。左の絵図でも橋の下流側が上り場になってます。

→千住(錦絵でたのしむ江戸の名所・国会図書館)

ラベル:鉄道の旅 北千住
posted by simadasu.rose at 17:44| Comment(0) | 旅・県外 | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

エイリアン・コヴェナント

~アンドロイドによる人間への復讐?

「エイリアン」の前日譚ということで、あの怪物エイリアンの誕生の謎が解き明かされる、とあった。なるほど最後にそれは解き明かされ、それはそれは恐ろしい、おぞましい、ぞっとする底知れぬ恐怖が忍び寄ってきた。

エイリアンの1から4はほぼ公開時に見ていたが「プロメテウス」 [Blu-ray] - はまだたったので前日にビデオで鑑賞。エイリアン [Blu-ray] - の方も随分昔なので忘れてしまってネットでいろいろ検索して復習した。また、プロメテウスもこの本作も映画だけだとわからない部分もあって、見終わったあと改めて検索してようやく全貌がつかめた感じ。

エイリアンは「宇宙船が未知の惑星に降り立ち、謎の生命体を発見、乗組員がそれに寄生され、やがて体内から怪物が誕生する」というダン・オノバンの発想が基になっているようだが、リドリー・スコット監督、エイリアン前日譚こう来たか、という思いだ。

前日譚はあと1本で終わりとなるようだが、本作の続きがどう「エイリアン」に続くのか、「エイリアン」で見られるあのチューリップ型の大きな卵の乱立、本作では乱立まで行ってなかったと思うが、アンドロイドがどう動くのか。それにしても「プロメテウス」の最後の生き残りエリザベスがなんとも悲しい。

「エイリアン・コヴェナント」映画公式ページ

なんとギーガーのドキュメンタリー映画が作られ今公開されている!
映画「H・Rギーガーの世界」

昔ギーガーの画集を図書館で見たことがあった。最初トレヴィル/リブロポートの発売で後に河出書房新社で再版されたようだ。見たのはネクロノミコンだったか。灰色のメタリックなしかし丸みのある世界に引き込まれた。トレヴィルのはハードカバーだったが再版ではペーパーバックとある。
ギーガーズ・エイリアン (パン・エキゾチカ) -
ギーガーズ・エイリアン (パン・エキゾチカ) -  

ネクロノミコン 1 (パン・エキゾチカ) -
ネクロノミコン 1 (パン・エキゾチカ) -

Brain Salad Surgery - Lake & Palmer Emerson
Brain Salad Surgery - Lake & Palmer Emerson EL&Pのジャケットにもなった。LPだと大きいからね。1973年発売だからギーガーには早くから注目してたのか。
 
posted by simadasu.rose at 17:26| Comment(0) | 映画 | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

鉄道の旅ノート~塗りつぶし記録帖2017~2018

鉄道の旅ノート 乗りつぶし記録帖 2017~2018 (ブルーガイド・グラフィック) -
鉄道の旅ノート 乗りつぶし記録帖 2017~2018 (ブルーガイド・グラフィック) -
これからチョイ乗り鉄をしてみたいな、と思ってるのでこれを買いました。書店には小型版もありましたがこちらの26cmのを買いました。乗った所の色付けは1mmの幅がありラインマーカーで塗りやすいです。緑の一色印刷ですが、平地は淡色、山は濃いめでグラデーションがあり地形が大雑把に分かる所がいいです。最近の廃線は中央に点線があります。

東京や大阪京都などは拡大図が載ってますが、基本の縮尺の地図とのつながりが土地勘の無い地域ではわかりずらい。なので↓
全日本鉄道旅行地図帳2016年版 (小学館GREEN Mook マップ・マガジン 8) -
全日本鉄道旅行地図帳2016年版 (小学館GREEN Mook マップ・マガジン 8) -  こちらを併用して楽しんでいます。

これは塗りつぶしではなく、現役の鉄道網、バス路線が出ています。地図部分はやはり緑の濃淡で平地と山が大まかに分かります。鉄道は新幹線、特急のある部分は特急ごとに色が並列して印刷され、地図上で路線の名称と区間と総キロ、又特急の名称と会社名、区間、時間が四角の枠で示されてるので、一覧表を見ながら地図を見る、といったことをせずに地図上でいろいろな情報が分かるのが優れてます。

JRは黒、私鉄は紫、バスは茶の色分けも見やすいです。北海道は地図が別になっていて、鉄道、バス、航空、船舶の路線図が出ていて、北海道初心者の私はこの図でようやく北海道の交通網がおぼろげに分かりかけたところです。宗谷岬へはどういうルートで行こうか、あるいはやはりツアーかなあ、などと地図を見ながら想像をふくらませてます。

バス路線に関してはちょっと知っている部分が途中止まりになっていたので、完璧でない部分もあるのかもしれません。

全日本鉄道旅行地図帳2017年版 -  も出ている。こちらは九州が大きい地図になっているようだ。

日本鉄道旅行地図帳増結乗りつぶしノート -
日本鉄道旅行地図帳増結乗りつぶしノート -  2009.5新潮旅ムック
H21年版のこの本が家にあって、これを塗りつぶしていたがさすがに古くすでに廃線になっているのもあるので、実業之日本社の最新版を買った。この新潮社のは全線全駅全廃線と銘打っているだけあって廃線もすべて載っている。

日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道―全線・全駅・全廃線 (1) (新潮「旅」ムック) -
日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道―全線・全駅・全廃線 (1) (新潮「旅」ムック) -  2008.5新潮旅ムック
このムックは地区ごとに12巻まである。分冊だけあって未成線一覧まで載っている。

 


ラベル:鉄道の旅
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2017年09月22日

北海道旅行2 大沼洞爺湖登別

2日目
大沼駒ケ岳 大沼で遊覧船に乗る。ここがこの旅行で唯一ある程度見た、っていう所。30分だったが天気もよかったせいか北国のどこか静謐な感じのする雰囲気を味わった。

大沼函館本線鉄橋 函館本線が大沼を通過していて、20m位の鉄橋がある。

大沼の後は内浦湾をぐるりと回り洞爺湖へ。
洞爺湖有珠山昭和新山 小雨になった「サイロ展望台」から、向こう岸に洞爺湖温泉街、有珠山、その左に昭和新山がシルエットで。 →サイロ展望台、晴れていればこんな風に見えるんだ

昭和新山 ところが、洞爺湖温泉を臨んだ「サイロ展望台」を出て室蘭経由で登別温泉に向かう途中では雨が降っておらず別な角度の昭和新山が見えた。こちらの方がよく見る形だ。

登別温泉地獄谷 泊まりは登別温泉。ぬるりとしたお湯で肌がきれいになったようだ。

3日目
支笏湖樽前山 登別を後に今度は苫小牧、千歳経由で札幌に向かうのだが、途中おそらく苫小牧あたりで、後ろに支笏湖がある樽前山を望む。ガイドさんの説明だと真ん中の山もさらにカルデラになっているとのこと。

札幌時計台 札幌では時計台の外周だけ見て、小樽へ向かう。大きい都市だというのは分かった。

銭函駅 函館本線、銭函駅から小樽まで乗車。

銭函駅記念切符 銭函駅記念切符。

小樽市街 小樽駅で降り、

小樽運河 小樽運河を望み、寿司を食べ帰路に就く。

とにかくさわりだけを見ました、という旅程だったが、道路についてはぐるりと走ったので、その点は満足。この記事を書くのに江差や松前を調べたら、建物などきちんと中まで入ればもっとよかったなと感じた。今度は宗谷本線に乗り、宗谷岬まで行ってみたい。
ラベル:北海道
posted by simadasu.rose at 17:29| Comment(0) | 旅・県外 | 更新情報をチェックする
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