2016年07月06日

高島野十郎展(目黒区立美術館)

高島野十郎展 目黒区立美術館 28.4.30

かなり前、日経新聞で白黒のロウソクの絵を見て、心に残ってた画家。それが今年何か所かで展覧会が開かれ、目黒区立美術館に出かけた。駅から10分位なのに、途中、目黒川を渡ると公園になり美術館が現れた。ロウソク、の他何も情報なしで行ったのだが、展示で来歴が分かりやすく紹介され、絵もほぼ年代順に並べられていた。

明治23年生。芸大ではなく東大農学部を出て、大正5年、卒業と同時に画業に専心。絵は独学とある。実家は久留米で資産家だから暮らしていけたのか。昭和3年、絵画グループ「黒牛会」に入るも3回の展覧会をやって解散。これ以後徒党を組むことはなかったとある。おもしろいのが住居の変遷。昭和5年、ヨーロッパに行き、昭和8年に帰国、住居は久留米。その後昭和11年に上京、青山で戦後まで25年間過ごす。その間、戦前は2年ごとに個展を開催した。昭和39年、東京オリンピックで住居が道路拡張のため立ち退きを求められ、千葉県の柏市増尾に移る。移り住んだ場所は井戸水、ランプだったという。で、また柏市の宅地化に伴い転居せざるをえなくなり、近くの元剣道場を改造して住み、ついに足腰も弱り最後は「野垂れ死」を願っていたが、昭和50年9月、野田市の老人ホームで静かに死を迎えたとある。85歳。

絵は風景、花、川、几帳面な筆である。ロウソクの絵は青山時代から描き始めたとあるが、展示は別室で「ロウソクの間」としてダーっとロウソクばかり10点余並べてあった。壮観。来歴を知ってからのこのロウソクの展示室となる、それまでの1人孤高の画業が一つのちびたロウソクの炎でちらちら燃えているようだ。ひとつひとつ違っていて同じロウソクは無い。

このほか月も何点か連作がある。初めて広く紹介されたのが没後5年たった昭和55年の福岡県文化会館での「近代洋画と福岡」という展覧会らしい。その後昭和61年に福岡県立美術館で「高島野十郎展」が開かれ、昭和63年には久留米と目黒区美術館でも展覧会が開かれたとある。東京は盛況で東京の新聞各紙が取り上げたとある。すると目にしたのはこの時か。ちびたロウソクの炎が燃え続け、30年近くの歳月を経て目にできたことになる。

目黒川 目黒川。目黒はすごい坂の町でした。帰りに入った美術館そばのうなぎ屋がおいしかったです。
現在は足利市立美術館で開催中。 

島野十郎 -
島野十郎 -  展覧会図録。表紙はロウソクではなく月。

野十郎の炎 -
野十郎の炎 -  評伝 2006 多田茂治著


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2016年05月14日

サンローラン(ギャスパー・ウリエル主演)

サンローランの最も輝いていた1967年からの10年間を描いたもの。レヴェナントの次の日に観ました。時代差150年、対極の世界です。こちらは晩年のサンローランにヘルムート・バーガーが出ていると知って観てきました。時の流れと人間関係とファッションと、その制作現場と。一時代を築いたサンローランの内側を知る格好の映画でした。サンローランの服は一度も着たことはないけれど、ファッションと人生にとても興味が湧きました。少し前に別のサンローラン映画も公開されていたようで、こちらはサンローラン財団公認のもの。しかし、どちらも俳優はそっくりです。本物がかっこいいのね。共同経営者のピエール・ベルジェやその他の恋人との描き方の違いなのか。

肝心のヘルムート・バーガーは、「これは4代目だ」とフレンチブルドッグをなでながら出てきましたが、江守徹を思い浮かべてしまう風貌だった。でもファンは貫きますよ。このフレンチブルドックはスパイスでした。薄暗い自室で1人TVでビデオを見てる場面があって、それが「地獄に堕ちた雄者ども」だった。おもわずにんまりしてしまった。

「サンローラン」公式サイト

SAINT LAURENT/サンローラン [DVD] -
SAINT LAURENT/サンローラン [DVD] -  もうDVDが発売されている

イヴ・サンローラン [DVD] -
イヴ・サンローラン [DVD] -  こちらはサンローラン財団公認のもの。

イヴ・サンローランへの手紙 -
イヴ・サンローランへの手紙 -  ピエール・ベルジェ著 2011  サンローランが亡くなってから書かれたもの。

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レヴェナント(蘇えりし者)

久々の劇場での映画。なんと人類資金以来2年ぶり。ディカプリオが念願の主演男優賞を取ったのだからこれは観に行かねばなるまい、久しぶりに観たい意欲が湧いたのだが、シネコンで大きい部屋かと思ったら小さい部屋で4割位の入り。

予備知識は、息子を殺されて復讐のため過酷な自然でサバイバルして目的を遂げた、しかも実話であるとのみ。圧倒的な自然を描きたかったとも。季節は冬で画面は雪の白と、針葉樹の大木群の幹がそそりたつ根本には冷たい、川にならない水の流れが一面に広がる。そこを荒くれた男たちがびしゃびしゃと歩く。寒くて冷たくて靴の中は水だらけだろうなあ。
毛皮をとっているが、時代は1800年代初盤(調べると1823)、お決まりのインディアンとの軋轢。しかし21世紀の映画だ、ここは俺たちインディアンの土地なんだ、という被征服者側の思いはきちんと描かれていた。なにより息子の母はインディアンなのだ。「ダンス・ウイズ・ウルブス」とか、同じアメリカ初期を描いた「ギャング・オブ・ニューヨーク」が頭をよぎる。うーん、アメリカも初期は無茶苦茶無法だ。

2時間半、画面での時間の流れは2カ月位なのか。同じ2時間でも人の一生を描いた映画とは随分違うなあなどと頭の中で思いながら見終える。雪の大木群、雪の延々続く荒野、そこを縫う水量のある冷たい河、ひたすらに前進するディカプリオ。圧倒的な自然は感じました。

根底は「家族への愛」だそうです。イニャリトウ監督

映画公式HP

レヴェナント 蘇えりし者 (ハヤカワ文庫NV) -
レヴェナント 蘇えりし者 (ハヤカワ文庫NV) -

レヴェナント:蘇えりし者【DVD化お知らせメール】 [Blu-ray] -
レヴェナント:蘇えりし者【DVD化お知らせメール】 [Blu-ray] -

4・23
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2016年01月17日

ビアズリーと日本展(宇都宮美術館)

ビアズリー展入場券.jpg 
「ビアズリーと日本」展に行ってきました。
展示は2部構成で、最初にビアズリーの原画や印刷された本の展示、また影響を受けたとされる北斎漫画や日本の文様などの展示、そして「ビアズリー、日本上陸」として雑誌「白樺」や影響を受けたとされる高畠華宵など、大正や昭和初期の日本人画家のイラスト画群で構成されていました。

1部は「アーサー王の死」の挿絵から始まり、友人に宛てた手紙「独力で新しい技法を編み出して、ちょっと日本的なやつだけど、全くのジャポネスクではないんだ」や、日本の文様、北斎漫画の”ろくろ首”が開かれてあり、なるほどー、と感じます。また「サロメ」、美術雑誌「イエローブック」「サヴォイ」 など当時の現物の本で展示されてあり、順を追って絵の変化も感じられました。表示点数も多く、ほの暗い展示室でどっぷりビアズリーの妖しい世界に浸りました。

第2の展示では、日本でのビアズリーの紹介で、「白樺」「学灯」、また大正13年の「婦人グラフ」などもあり、大正末期、白樺の時代はそういう雑誌を手に取ることのできた人たちには広まっていたんだなあと感じます。個人の画家のイラストも多数あり、多くはやはり大正末期から昭和初期の作品で、高畠華宵はもとより、長谷川潔や谷中安規、そして資生堂の広告図案なども並べてみると、これまた今度はビアズリーの影響を感じます。ビアズリーのみの展示でも、もちろん、おお、となりますが、1部、2部、日本とのかかわりを持ってくることで、なかなかに見ごたえがありました。「サロメ」のあの首の図だけでも数人のものがあり、見比べるとおもしろかったです。

ビアズリー展チラシ表.jpg チラシ(表)

ビアズリー展チラシ裏.jpg チラシ(裏)

宇都宮美術館
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2015年12月29日

原節子去りぬ 昭和の美神(週刊朝日増刊)

週刊朝日増刊 『原節子去りぬ』 -
週刊朝日増刊 『原節子去りぬ』 -  2015.12.20

ついに亡くなってしまった。先日はBSで東京物語をやっていて思わず見入ってしまった。
版も大きく、秋山庄太郎の大判の写真と、主要20作品解説と全作品リスト、また香川京子など11人の追悼文、1952年週刊朝日でのインタビュー記事、あなたの背丈はどのくらい?足袋の文数は? に(暗誦せるものの如く一気に)五尺三寸、十四貫、九半 と答えている。時代ですね。巻末は朝日新聞に載った記事38。昭和11年から平成6年。平成6年は土地を売って長者番付75位とある。薄いが見ごたえあり。
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我が家のヒミツ(奥田英朗)

我が家のヒミツ -
我が家のヒミツ -  2015.9.30

我が家シリーズ第3弾。今回も家庭をめぐる短編が6つ。
しかしだんだんまあるくなってきてる気がする。
「妻と選挙」では突然市議会議員に出ると言いだした妻を応援する夫と家族の話。 「家日和」の”妻と玄米御飯”のロハスにはまる妻が、 「我が家の問題」の”妻とマラソン”ではマラソンに出場し、今回は選挙である。 次は総理大臣か?宇宙飛行士か? それとも小説を書き始めるか?
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小説土佐堀川 広岡浅子の生涯(古川智映子)

文庫版 小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 (潮文庫) -
文庫版 小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 (潮文庫) -

ドラマがおもしろく主人公に興味を持ち読んでみました。
まあ、なんとも精力的な女性がいたものです。著者は高群逸枝の「日本女性人名簿」に載っていたわずか14行の業績に強く惹かれ小説化を試みたということだ。初出版は1988.10の潮出版社。なんと出版後間もなく毎日放送でラジオドラマ化され、さらに舞台化もされその時の主演は八千草薫、伊藤四郎。伊藤氏が夫だとするとかの玉木宏とはずいぶん違うが、写真をみるとイケメン度は伊藤四郎並みか。だいぶドラマの影響が強いのだが、小説でも夫は妻に従った夫として描かれている。が、この理解ある夫がいたからこその浅子か、と思うところもある。

広岡浅子 明治日本を切り開いた女性実業家 (星海社新書) -
広岡浅子 明治日本を切り開いた女性実業家 (星海社新書) -  2015.9 小前亮著
小説ではなく新書版の伝記です。冒頭は死亡時の新聞記事「一代の女丈夫なる廣岡浅子女史逝く 三井家の産せる偉大の女性 日本女子大学校創立の栄誉」「廣岡浅子刀自逝く 加島屋の家台を支へた女傑傳中の第一人者」「廣岡浅子刀自宿痾重って東京に逝く 男勝りの女性 女子教育に貢献」

当時はかなり有名だったのに、現在ほとんど忘れさられていたのはなぜか? 著者は三井家からの嫁入り、石炭業、加島銀行、夫新五郎が初代社長についた尼崎紡績、日本女子大学創立、大同生命誕生など関係資料を豊富に使い、生き生きと廣岡浅子の生涯と業績を再現させています。尼崎紡績は後のユニチカで「サインはV」のバレーボールチームが思い出されなんだか身近に感じます。

浅子の生涯をみると成瀬仁蔵との出会い、その著書「女子教育」との出会いが後半生にはかなり大きな比重をしめるのではと思えてきます。日本女子大の創立者というと成瀬仁蔵ということになっていますが、これを読むと廣岡浅子の資金集めの協力なしには創立できなかったのではと感じます。若き日に読書を禁じられた浅子が、経済力のついてきた時期に成瀬に引き合わされ「女子教育」を読んだ事は絶妙のタイミングであったと言えます。この後成瀬の影響もあるのかキリスト教に改宗してしまうのです。

広岡浅子 語録 -
広岡浅子 語録 〜女性の地位向上に尽くした「九転十起」の女傑-  2015.9 菊地秀一著 宝島社
こちらは浅子が残した文言を目次の項にもってきて、豊富な写真と文章で生涯を綴っています。

時空旅人 別冊 「広岡浅子が生きた時代」 (SAN-EI MOOK 時空旅人別冊) -
時空旅人 別冊 「広岡浅子が生きた時代」 (SAN-EI MOOK 男の隠れ家 時空旅人別冊) -  2015.11

こちらは雑誌別冊体。両替商、結婚と女性の生涯、炭鉱業の隆盛、女子高等教育の夜明け、生命保険の誕生などの社会情勢と、三井高利、広岡新五郎〜最も浅子の行動を理解した夫、五代友厚、大隈重信、成瀬仁蔵、市川房江、などの人物紹介で浅子の周辺の理解を深めています。浅子は晩年御殿場で国内の有望な女性20名ほどを集め夏期講習会を行い、その中に市川房江もいたということです。TVでみたことのある市川房江が浅子の教えを受けていた、ということで歴史上の紙面上の人から身近な存在に感じだします。

夫の項目では三井家お付きの小藤との間の子との写真もあり、こちらは朝ドラではどう描かれるのでしょう?



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となりのセレブたち(篠田節子)

となりのセレブたち -
となりのセレブたち -  2015.9.20

小説新潮に掲載された5つの短編を集めたもの。
中でも「人格再編」は現在の長寿社会に強烈な皮肉の矢を放っている。
舞台は2040年あたりか。介護保険制度は成熟し在宅介護に移行し、核家族化は止まり親との同居があたりまえになっておりおまけに少子化対策も行き届き、「痴呆症」は差別語となり「緩穏傾向」に置き換えられ、しかし不自然な延命措置は医療保険の破綻から無くなり、食べられなくなった時が死にどき、となっている。・・これって理想じゃね? いやいやそうはいかないのだ。なおも生きている老体のメンタルな人格変化〜家族に悪態をつくばあさんに対応できない家族が訪れたのは、最新の脳外手術による正しい人格の創出手術。

しかし理想の人格となったやさしいお婆さんが理想の人格のまま死んだ時、家族は喪失感から立ち直れなくなってしまったのだ。「介護の負担さえなく死んでゆくから、家族は葬式を出したあとの解放感を味わうこともない」のだった。そして人格再編施術を編み出した医師に「立派な老親などいらない、老いと死の実相を見せつけ、若さや人生のはかなさを見せつけるのが老親の役目だった」と悟らせる。

発表は2008年。変化形が「長女たち」か。

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2015年12月27日

冬の光(篠田節子)

冬の光 -
冬の光 -  2015.11.15

夫が研いでくれた包丁をとり、妻はやおら一瞬刃を夫に向ける。そこからページは始まる。
そして夫の溺死体が上がり「最後の最後までやっかいをかけて・・」で本編が始まる。
夫は四国遍路からの旅行の帰路、62歳で海から身を投げた(と思われる)。父の四国遍路の旅程を追って四国を辿る娘の碧の行程と、父の時系列の文章で、徐々に父・夫の心情、行状が明らかになる。

主人公は震災のH24に62歳で死んだとあるのでs25生か、妻は5歳下とあるのでs30生まれあたりだ。とすると、妻が篠田氏の年齢と重なる。

娘の碧は、「中高年の自死」をテーマにした雑誌の取材を受け、「闘争の世代に属し、大企業につとめていたが、55歳で子会社に出向後、実父の介護もあり定年を待たず退職し4年近い介護の後実父を看取る。その後東日本大震災が起こり、ボランティアで現地に援軍に行き、一通りの活動が終わった8月、四国巡礼に行くと言って旅立った」と語るが、それは父の表面でしかない。父には母以外に心の奥に住む別の女の存在があったのだ。

大学時代に惹かれあった同級生同士。しかし結婚することはなく、それぞれの道を進み、男は家庭を持ち孫も生まれた。女は研究者の道を進み、1人津波の渦に呑まれた。しかし途中で偶然にも再会して、女は男の「心の奥底に住みついてしまった。」
「大人の男女の出会いや別れに、告白も宣言もない。いや、色恋に限らず、日常的な人間関係もそんな風にいつとはなしに始まり、いつのまに疎遠になって終わっていたりするものだ。そして気がついてみると、再び始まり、数十年と続いていたりする。」

この小説では、学歴は無いが気のきく常識的な妻と、対等な会話のできる別の女 だが
対等な会話のできる妻対、かわいい別の女 というミラーストーリーもあるだろう。

篠田氏のインタビューによれば、「ある男の人生が見せる社会の深遠」 本の話Web 2015.12.2
「老境を目の前にして、自分が歩んできた小市民的な人生に意味を見出せなくなる、実存的な不安のようなものを描きたいと思いました。・・失われた自分の根っこを探す場所はどこだろうと考えたときに、やはり宗教に近づき、しかし宗教にはじき出される現代日本人の精神構造に行き着くかと。・・若い碧はその景色〜冬の光〜を見て涙をこぼしたりするけれど、父の抱えたものはわからない。それでいいし、それが親子だと思います」とある。

篠田氏は、主人公・康宏に、思う女、行きずりの女にいともたやすく偶然の出会いを用意していて、それに乗ってしまうヤスヒロさんがなんだか滑稽で、「おバカさんねえ」、とナレーションを入れたい。最後の「冬の光」の描写は、人によっては泣かされるかもしれないが、妻の立場でみると、「何をいまさら」とでも言うかもしれない。包丁の描写とか、その他の折々の妻の描写はとてもリアルでうなずけるものだ。しかし、ヤスヒロの震災後、退職して親も看取り、孫もいて、妻と行くドライブの空虚感はうなずけるものがある。うなずけはするが、篠田氏は妻に自分ひとりの墓を買わせており、それは妻が「冬の光」を撮ろうとした夫を後で知っても墓には1人で入るに違いない。いやどうだろうか。

今までにも、「逃避行 」で飼い犬を連れて家を出る主婦、 「銀婚式」では題名の通り銀婚式になろうとする夫婦が描かれているが、いずれも最後に救いがあったように思うが、それに比べこの「冬の光」はなんとも、夫婦、人生について考える時、う〜んとうなってしまった。同じ愛人がいた桐野夏生の「魂萌え」も夫の死から始まるが、こちらは死後に残された妻の新しい門出を描いており、夫に対しては死後に初めて愛人の存在を知ったので「まっッ、しょうがないワ」となるが、「冬の光」は長い夫婦生活の間の葛藤が描かれた挙句の死なので、割り切れない思いが残るのだろうか。そういう点で篠田氏の「実存的な不安」を描きたいというのは成功しているのだろう。だけど、こと自分について考えると、来年、還暦を迎え定年を迎え、サア解放された輝かしい60代を謳歌するのダ、と思っている所なのだが。。
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2015年12月05日

狩人の夜(BSで)

狩人の夜 [DVD] -
狩人の夜 [DVD] -

見たのは半分あたりからか。水中、川の中で水草がゆらめいた先に白い服の女の人が黒髪を同じ方向になびかせている、という場面から。水面では小舟から、からまった釣り糸の先を覗き込む老人。言えば俺が犯人にだと思われる・・ と現れる上目使いのロバート・ミッチャム。最初、シルベスタ・スターロンかと思ってしまった。地下室の兄妹。温かい料理を持って現れる隣の老婦人。木の上のフクロウ、地面のコウサギ。
 ここらでググってしまった。筋はわかっても何か引き込まれる。助けられる鍵となる老婦人がまたいい。リリアン・ギッシュ。お兄ちゃんの七三分けの髪の毛が時代を感じさせる。こういうのを、フィルム・ノワールというのだ、とあった。黒い映画〜救いようのない虚無的・悲観的・退廃的な指向を持つ犯罪映画なのだという。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」など、とあった。なるほど空気は似ている。1955年公開。

狩人の夜 (創元推理文庫) -
狩人の夜 (創元推理文庫) -

原作がもともと1953の発売時、ベストセラーとある。

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