2017年08月17日

イギリス旅行3 湖水地方・リバプール

6/29 4日目 前日の夜湖水地方のダーウェントン湖畔の宿に着く
6291ニアソーリーBポターヒルトップ.jpg まずはニアソーリーのビアトリクス・ポターの家ヒルトップ見学。絵本の世界そのままの景色。隣の店でおみやげを買ったら、お皿も絵本も中国製、中国で印刷だった。
6292ニアソーリー石垣.jpg 農地を区切る石垣。地面を少し掘るとこの岩石が出てくるそうだ。南へ行くと農地の区切りは石ではなく柵や樹木になった。
6294ウィンダミア湖遊覧船乗り場.jpg ウィンダミア湖遊覧船とそれに続く蒸気機関車に乗車。

6/30 5日目 湖水地方の宿からリバプールへ向かう。スコットランドや湖水地方の見学地は小さい街が多かったせいか絵に描いたようにきれいだったが、リバプールは港に近づくと道路にゴミがあったり落書きがあったりちょっとすさんだ感じの場所もあった。
6302リバプールアルバートドック内側.jpg アルバートドック内側。お店がぐるりと取り囲んでいる。港湾再開発ということだが、何かさみしい感じがした。
6303リバプールボートルズストーリー.jpg ビートルズに夢中になっていたのは73,4年頃。イギリスに行くならぜひリバプールに行きたいと思ったが、この「ビートルズストーリー」という施設は特に目新しいものはなかった。ビートルズに詳しくないツアーメンバーは成り立ちがよく分かってよかったと言ったが、もし今度来ることがあれば、タクシーで実際の場所をめぐるツアーへ参加したい。

6304ポントカサルデ水道橋ナロウボート.jpg ポントカサルデの水道橋。このナロウボートが水道橋の上を通る。
6305ポントカサルデ水道橋上.jpg この光景を見るまで、まさかこの高い所に水路があるとは思わなかった。
6306ポントカサルデ水道橋_5855.jpg 高い所が苦手。途中で引き返してしまった。ここが見学中唯一のウェールズ。

一路今夜の宿泊地・ストラトフォード・アポン・エイボンのマナーハウス、ホールマークウェルコムホテルヘ。部屋は向いに見える2階建ての部分。ごく普通の部屋。手前に見える本来の部分ももちろん泊まれるようになっているが、廊下から見るととても広い。TVのダウントンアビーを思い浮かべる。
6307ストラトフォードアポンエイボンホールマークウェルコムホテル.jpg

ホールマークホテルウェルコムHP・ギャラリー ゴルフ場が隣接。写真集下の方の暖炉のロビーのイスがとても大きい。小柄な人は足がつかない。
ラベル:イギリス旅行
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2017年08月11日

イギリス旅行2 スコットランド

①6月26日出発。②スコットランド・グレンゴイン蒸留所~ローモンド湖~グラスゴー大聖堂~スターリング城 ③リンリスゴー城~エジンバラ城 ④湖水地方ニアソーリー~ウィンダミア湖 ⑤リパプールドック~ポントカサルデ水道橋 ⑥ストラトフォードアポンエイボン・シェイクスピア生家~コッツウォルズ・キフツゲートコートガーデン~ボートン・オン・ザ・ウォーター~バイブリー ⑦バース大浴場跡~ストーンヘンジ ⑧カンタベリー大聖堂~ロンドン市内・大英博物館・ウエストミンスター寺院・バッキンガム宮殿 ⑨アビーロード、シャーロックホームズ博物館、ウインザー城 

一度にと欲張り盛たくさんな内容。10日は長かった。長時間のフライトもつらい。ツアーは年上の人ばかりだったが皆体力あるなあと感心する。今度はせいぜい8日くらいにしようと思った。

1日目 出発
ロシア上空を通りロンドンへ。今回シベリアを上空から見られて、前に読んだ「極北シベリア」という本に出てきたツンドラにできる無数の池をこの目で確かめられたので最初から嬉しくなってしまった。真ん中には氷が。
6262シベリア2.jpg

6263シベリア3.jpg さらに西に進んで行くと氷はなくなった。

いざイギリスへ。
6265イギリス上空.jpg 上から見ると小さい農地の区切りに見えたが、実際はとても広かった。イギリス南東部。ヒースローから乗り継いでエジンバラへ、ダンブレーンの宿へ。

6/27 2日目
6271グレンゴイン蒸留所.jpg 今回の第一の目的、グレンゴイン蒸留所。この方が説明してくれた。こじんまりした蒸留所だ。蒸留所HP
イギリスおみやげ1グレンゴイン.jpg 晴れていればこの袋のように後ろに山がみえるのだろうが、小雨だった。
イギリスおみやげ2グレンゴインファッジ.jpg グレンゴインのはボウモアのようなヨードの匂いがないのが特徴。実はボウモアのヨードの匂いが大好きなのだが、このグレンゴインもおいしい。一緒に買った口のすぼまったグラスでストレートで飲むとなんともいえないやさしい香りがする。ウイスキー入りファッジはかなり酒の匂いと味が強い。

6272ローモンド湖畔.jpg ローモンド湖畔。中学の音楽で「ロッホローモンド」があった気がする。小雨なのでひんやりしたさみしげな印象。

6273グラスゴー大聖堂.jpg グラスゴー大聖堂。前はリビングストン像。グラスゴー大学出身だった。ここも小雨。昼なのに車にライト。これはガイドさんによるとある一定の明るさ以下だと車のライトがつくようになっているとのこと。ここまでずっと小雨なので暗~い印象です。

6274スターリング城.jpg スターリング城。スコットランドの国旗が。工事中と時間が遅かったので外観だけだったが、古い町並みが残っていてとてもいい感じ。2度目に来ることがあったらゆっくり見てみたい。

6/28 3日目
6281リンリスゴー城外観IMG_5154.jpg リンリスゴー城外観。湖があり広い緑地になっている。
6282リンリスゴー城ホール.jpg リンリスゴー城ホール。ここで舞踏会や大宴会が行われていたのかと思うと想像がかきたてられる。スコットランド女王メアリー・スチュアートが生まれた城。初めて青空を見る。今回観光した建物ではこのリンリスゴー城が一番よかった。朽ち果てた城なのでバッキンガム宮殿のような現役の城より、歴史のイメージがかきたてられる。・・が、全体的に歴史地理の勉強不足だったなあ。
6283リンリスゴー城ホール説明版.jpg ホール説明版

6286エジンバラホーリールード宮殿.jpg エジンバラ・ホリールード宮殿。ちょうどエリザベス女王が滞在中だったので外からのみ。

6287エジンバラロイヤルマイル.jpg 旧市街のロイヤルマイル。窓3つの建物が古い様式を残しているそうだ。屋根の突起の数だけその建物に暖炉の数があるそうで、なるほど、♪チムチムニー、わたしは煙突掃除屋さん♪ という歌が実感を伴う。

6289エジンバラ城眺望.jpg エジンバラ城からの眺望。見えるのは新市街。4月に見たトレインスポッティング2に出てきた再開発を迫られているアパートはこの新市街にあるのだろうと思った。ロイヤルマイルではキルトとバグパイプとスカートと青い国旗が全面に出てて「スコットランドだぜ」という空気を感じた。映画でもイングランドとスコットランドの戦いを肴に集会する場面も出てきてた。
ラベル:イギリス旅行
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2017年08月08日

イギリスはおいしい(林望)

イギリスはおいしい (文春文庫) -
イギリスはおいしい (文春文庫) -  1991.3初版
というわけで、イギリス食についての見解を求めてリンボウ先生の「イギリスはおいしい」を読んでみました。発売当時日本エッセイストクラブ賞もとっています。氏は研究のためイギリスに滞在していたのでホテルの旅行食ではなく、家庭料理も食べているし、なんと料理が得意な大学の先生に弟子入りして料理を習っているのです。

しかし最初に、”イギリスを愛すること人並以上の私も、イギリス料理はまずい、というのを「ある意味で」認めざるを得ない”と言っています。彼によると、塩気と食感に対する日本人との感覚の違いです。塩気に関しては程よい加減がわからない・・ので食卓で各自塩を振る。また野菜をとにかく、くたくたに茹でてしまう、とあります。しかしこの野菜に関しては、氏の滞在していた1986,7年から30年後に旅したわけですが、茹ですぎた野菜には遭遇しませんでした。ほとんどサラダで生野菜にドレッシングで、そのドレッシングの味付けはまあまあでした。あるいはそういうメニューが出てこなかったのかも。

ただ、氏はイギリスの食について”うーむ、おいしかったあ”という実感に至らないのが普通だが、それはイギリス「料理」のまずさであって「食べ物」のまずさではないと言っています。

パブについて昔労働者階級とそうでない階級で入口が違う、というのを何かで読んだことがあり、また氏も本書の中で、研究社の「イギリスの生活と文化辞典」にもそう書いてあるが、実際氏はパブに行ってそういうことはない、と書いてありました。この旅行でガイドさんにも聞いてみたのですが、そういうことはないとのことでした。林氏によればサルーンと呼ばれるシートで飲むか、カウンターで立ち飲みするか、気分でどちらでも利用した、と書いてありました。ただその後「イギリス (読んで旅する世界の歴史と文化)」 -  (1992新潮社)を読んでみると、y酒井階層と教育の章267pにロンドンのパブの看板で「パブリックバー 左」「サルーンバー 右」と表示されている写真を載せ”暗黙に階級差を表す”とありました。また同じ本の料理の章にも、ビールを樽から汲みだして生で飲ませる酒場が「パブ」で、宿屋も兼ねるのが「イン」で、どんな小さな村にも1軒はバプがインがあり規模と種類は様々だが、出入り口は別で同じ酒でも値段が違うとの記述がありました292p。小さなパブでは区別がないのか旅行中には小さな町で食事が多かったので区別には気づきませんでした。

またイギリスビールですが、確かに少しぬるいですが、主にその地のビールを注文しましたが皆おいしかったです。ただ地ビール系の味が苦手な人には向かないかも。

英国フード記 A to Z -
英国フード記 A to Z -  2006.1刊
次に読んだのがこれ。英国びいきで毎年渡英している著者が英国フードについて紹介。巻頭にカラー写真もあり、ブラック・プディング、デザートにたっぷりかけてくれるカスタード、などおおこれこれ、となつかしく?見ました。朝食のイラストがこれまた実際にたべたものとそっくり。著者は英国フードについて、英国に行けば行くほど疑問がわいてきて「英国の味はあやしい」と書いています。また林氏とおなじく食感の悪さ、茹ですぎをあげていました。付け合わせ野菜のぐにゅぐにゅを書いていますが、今回の旅行ではニンジン、グリーンピース、ブロッコリーはいずれも冷凍ものを解凍したまま「素直に」添えられていて、これはこれで「えっ」という感じであります。

「マーマイト」 ブラック・プディングにつぐ特色ある食べ物では? これはイングランドでの朝食に出ました。向いの人がチョコレートと思ってパンに塗ったら「うううう」と言ったので、恐る恐るなめてみると、・・・おお。なんなんだこれは。イーストの濃縮食品であるらしい。トーストに塗るものですが。。
マーマイト 瓶入り 125g[正規輸入品] -
マーマイト 瓶入り 125g[正規輸入品] -  アマゾンで手に入る。ホテルでのはもちろん小さく一人分になっていた。

それでは、かのマッサンはどんな料理をかの地で、この地で食べたのかと思い
マッサンが愛したリタの料理レシピ -
マッサンが愛したリタの料理レシピ -  2015.3 を見てみました。
こちらはマッサンの妻リタと10歳ころまで一緒に暮らしたマッサンの孫の竹鶴幸太郎氏が、親交のあるシェフと再現した、リタさんのスコットランド料理集です。幸太郎氏にとってのお袋の味はグラスゴー出身の祖母リタの料理だといいます。リタの手書きのレシピや英国の料理本、切抜も載っています。

チョコレートファッジ:チョコレート、グラニュー糖、牛乳、バター、が材料。(英語雑誌の切抜が載っていました)
今回の旅行で、「Fudge」を売る店がたくさんありました。ウインドウに我が店のファッジの作り方、なんていうチラシとともに羊羹1本分位の単位で売っている店もありましたが、いちご味とかミックスタイプのものを買いました。簡単に言うと生キャラメルのようなもの。トフィーは日本のチェルシーのようなもので硬い飴。

ラベル:イギリス料理
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2017年08月07日

イギリス旅行1料理

6月末にイギリスに行ってきました。エジンバラからロンドンまで北から南へ10日間の旅です。ウイスキーの蒸留所、ストーンヘンジ、リバプールを見たいと選んだツアーでしたが、一番印象に残ったのが「料理」。おいしいのもあり、まずいのもあり、ツアーなので家庭料理とは違うのでしょうが、まあ、文化?の違いに驚きました。

驚きその1 見た目はあまり気にしない
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ローモンド湖畔のドライブインの様な所での昼食。これが最初のイギリス料理。おいしかったですがなんかインパクトありました。これは「マッシュルームの丸ごとフライ」。 一人6個ですが、マッシュルームの大きさが違うので、皆ですばやく大きさを見比べていました。
基本昼食、夕食とも、前菜、主菜、デザートの3皿。

627夕食2メインポークダンブレーンダブルツリーホテル.jpg
スコットランド・ダブルツリーホテルでの夕食 ポークソテー この状態で配膳。日本だったら横に置くのでは?

629昼3ウインダミア湖デザート.jpg
ウィンダミア湖畔レストラン昼食のデザート。向きを変えたり端に寄せたわけじゃありません。この状態で配膳されました。う~ん。

驚きその2 量が多い
630昼3デザートリバプール.jpg
リバプールドックでの昼食デザート。日本だったら丸1個ですよね。


おいしかった NO1 アフタヌーンティ
701昼アフタヌーンティ.jpg
下からサンドイッチ、スコーン、ケーキ。サンドイッチは卵、ツナ、野菜など4種。これはおいしかった。スコーンはプレーンと干しブドウ入りでクロテッドクリームとイチゴジャムが添えてあります。上のケーキは軽めのフルーツケーキにいちごと生クリームを乗せたもの2種で、いわゆる日本のショートケーキとは違いました。あとシュークリーム2種。
イギリスといったらスコーンでそれにはクロテッドクリームが添えられている、というのは誰かの旅行エッセイで読んで知っていて、それを読んで以来クロテッドクリームも日本でナカザワというメーカーのをよく食べて(なめて?)いましたが、日本のそれよりは固め。
このアフタヌーンティーがこの旅行でのNO1でした。これで二人分ですが、全部食べるのは無理。ガイドさんによると、食べきれないほど提供したということになり、残してもいいそうです。
701昼アフタヌーンティCHARINGWORTHMANOR.jpg 場所はcharingworth monor

おいしかった NO2 チキンももベイクド
703昼カンタベリメインチキン.jpg
カンタベリーでの昼食。チキンをオーブンで焼いたものかな。これも見た目すごいですよね?これ一人分?と思ったのですが、柔らかくさっぱりした味で、ケンタッキーFCの肉質と似ていて、でも揚げてはいないので全部美味しく食べました。

おいしかった NO3 マス
629昼2ウインダミア湖メインマス.jpg
第3位まであげろ、と言われればこのマスのオーブン焼きかな。皮がパリッとしていて身も締まっていた。塩味。

お酒は各自カウンターで頼み、地ビールをどの食事時にも飲んだが、これはおいしかった。生ぬるいという人もいたがどの銘柄もおいしかった。日本でのいわゆる地ビールの味だ。

これはちょっと・・
628昼3エジンバラデザート.jpgエジンバラのデザート。クリーム大好き人間としては、見た目「こんなにクリームが食べられる!」と喜んだのもつかの間、う~ん、摩訶不思議な味。3匙くらいで放棄。常温で味が無くナッツのかけらが混じっている。自分で生クリームを泡立て砂糖を入れない状態がこの味と似ている。

628昼2エジンバラメインサケ.jpg
エジンバラの昼食。鮭の蒸したの、の下にヌードルが敷いてあるのですが、このヌードルがなんとも生、という感じだった。

味付けの妙 一般に薄味? いや塩っぱいのもあったが・・
627昼食3デザートローモンド湖畔.jpg
ローモンド湖畔デザート。シナモンアップルにカスタードクリームがけ。もう少し甘みがほしかった。
627夕食1スープダンブレーンダブルツリーバイヒルトン.jpg
かと思えばとても塩っぱいスープ。

朝食 
629朝食ダーウェントン湖畔ロドアフォールズホテル.jpg
朝食はどこもこの、大豆の煮豆(うす甘い)、焼きトマト、目玉焼き、ベーコン(バラ肉部分ではなくモモ部分?)。あとここには写っていないのですが、スコットランドではこのほか、細いソーセージと、「黒くて丸いモノ」がありました。これは「ブラックプディンブ」という豚の血でできた真っ黒いソーセージの輪切りです。このブラックプディングを食べられたのはよかったです。(一口ですが)

そしてイギリスと言えば、
630昼2フィッシュアンドチップスリバプール.jpg
フィッシュ&チップス。これはリバプールのドックでの昼食。衣に卵白が混ざったフリッターというのかな。熱くてまあおいしかった。そしてこの皿にグリーンピースが載ってますが、冷凍のを解凍したそのままです。冷凍野菜をそのまま、ってのが多かった。あとどのメイン料理にもジャガイモがありました。マッシュにしたもの。丸ごとベイクドしたもの、そしてこの細く揚げたもの、の3種類かな。丸ごとベイクドが美味しかった。

!イギリス旅行にはポン酢持参のこと。ガイドさんがポン酢を持ってきていました。これがメインの魚にかけると、あーら不思議美味しくなったのです。
ラベル:イギリス料理
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2017年06月21日

そこに僕はいた(辻仁成)

そこに僕はいた (新潮文庫) -
そこに僕はいた (新潮文庫) -  (初版は1992.2角川書店)

小学生から高校生までの18の出来事を綴る。父親の転勤に伴い福岡、帯広、函館と転校した辻氏、それぞれの地にそれぞれの出会いと出来事があり、語られる友と大人とそして僕は、セピア色の世界で実に生き生きとして、実に個性的。

辻氏は転校生であったが、また転校生もやってきて去って行った。鹿児島弁だったり壱岐島から来たり。また友達の家に行けば、「あんひとはゴサイやけん」と言われ家に帰って母親に「ゴサイ」の意味を尋ねたり、”不思議なことに黒沢のお母さんは家の中でも化粧をしていた”が、ほどなく黒沢の両親は離婚し黒沢は転校してしまった・・ などと子供からみた大人もなにか大人の事情が垣間見える描写だ。

「新聞少年の歌」と書名の「そこに僕はいた」は中学1年の教科書にも載ったようだ。どちらも小学校の中学年の頃の話だから昭和40年代前半の話。新聞少年と、右足が義足のあーちゃんの話。どちらも辻氏には未知の経験をしている少年と遊び仲間のあーちゃん。その理解できない部分の辻氏の心理描写が秀逸だ。「海峡の光」で書かれる私の心理描写とも通じるものを感じる。国語の時間には先生は「この時僕やあーちゃんはなんて思ったのか?」なんて授業で聞いたりテストに出したかも。

僕の記憶の福岡、帯広、函館と、辻氏手書きの絵地図が載っている。


そこに君がいた (新潮文庫) -
そこに君がいた (新潮文庫) -  2002.7

続けてこの「そこに君がいた」も読んだ。これも小中高のエピソードを書いたもの。これは平成6年にベネッセの学習誌「チャレンジ」に1年間同題で連載されたものに書き下ろしを加えたもの。何年生のチャレンジ連載かわからないが、従ってチャレンジの読者のおそらく小学校高学年、中学生あたりに向けたと思われる文体だ。

「そこに僕はいた」にも登場した社宅の隣の読書家のヨーちゃんも登場するが、悲しい結末だ。


音楽が終わった夜に (新潮文庫) -
音楽が終わった夜に (新潮文庫) -  (初版は1996.8マガジンハウス刊)

こちらは辻氏の結成したクバンド、エコーズの結成前夜から解散まで、バンド仲間、音楽についての思いを語る。大学時代のアルバイト先のジーパン屋でのバンド仲間との出会いのエピソードがおもしろい。70年代末から80年代のロックシーン、バンドブーム以前のアンダーグラウンドと言っていいか、ルイードやロフトやアシベなどのライブハウス出演の裏事情など興味深い。エコーズ、名前は知っていたが実は音を聞いたことが無い。これを読むと大阪厚生年金会館とか全国でコンサートをしていたようだ。しかも「そこに僕はいた」にも登場する弟がマネージャーになっていた。

また、小説家の奥泉光さんとブルースバンドを組んだ話が出てきた。それでなんと部屋の整理をしていたら、奥泉氏の「その言葉を」の文庫本が出てきた。
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2017年06月20日

海峡の光(辻仁成)

海峡の光 (新潮文庫) -
海峡の光 (新潮文庫) -  1997.2

「函館物語」に続いて「海峡の光」も読んでみた。

青函連絡船乗務員だった私は連絡船の廃止を前に刑務官へと転職し、そこでかつて私をいじめた優等生・花井を受刑者として迎える。刑務官と受刑者としての花井と私、交差するように小学5年から6年のいじめの光景が浮かび上がる。18年前とあるので私は30歳位である。時は廃航迫る昭和63年。物語は私の独白で進行する。

エリートサラリーマンとなったが傷害事件で受刑中の花井、またかつて優等生の仮面の下の残酷さにも気づいていた私。監視する者と監視される者のはずなのに、やはり花井の言動に支配されてしまう私。昭和天皇の崩御による恩赦で出獄の決まった花井に、かつて自分が向けられた言葉「強くならなければだめだ」と言い放つと・・・ 結局花井の呪縛から私はのがれられなかったのか・・・

物語を覆うのは、函館の街の風であり、眼前にある函館山と函館湾、津軽海峡である。実際に函館に行ってきたので、花井と私のにらめっこや勤め場所が無くなる事態に遭遇した乗組員たちの葛藤、という人間の感情のほかに、函館山中腹の自宅から見る海と山、消沈している飲み屋街、父の遭難した函館山裏の今は廃村になってしまった寒川村沖、という函館の地理が生命を持っているように感じる。この、街の息遣いこそ「海峡の光」の魅力であり読後の静かな余韻であると感じた。

そして、「そこに僕はいた」「そこに君はいた」などのエッセイを読むと、父親の転勤で福岡、帯広、函館と社宅住まいで転校した辻氏は、この物語の花井でもあり、函館に生まれ育った私も著者の分身であるように感じた。
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2017年06月18日

函館物語(辻仁成)

函館物語 (集英社文庫) -
函館物語 (集英社文庫) -  1996.1

4月に函館に旅行した。北海道新幹線で1泊だったが、五稜郭、函館山、青函連絡船の摩周丸、坂の教会群と、とても濃い2日間だった。2日め摩周丸見学の時この「函館物語」が置いてあった。摩周丸の後、教会群を見学していると坂の途中で「函館西高校」の看板?に出くわし長い坂を上がった上に校舎が見えた。その時これは辻仁成の出身校か?と思い帰って検索してみると果たしてそうで、さらに北島三郎も卒業生だった。

坂の教会群と昔の造りの残る木の家が坂にかかっている感じが神戸と似てるなと思い、かれこれ40年近くも前に行ったその青春時代の感慨も呼び起こされ、あのあたり一帯の雰囲気がとても気に入ってしまった。それで函館に興味が湧き、さっそくこの「函館物語」を読んだというわけだ。

この本の著者後書きは1996年6月で、著者が1週間滞在した様子がかかれてあり「私だけが持っているハコダテという異界へと皆さんを連れ出すために本書は書かれた」とある。

氏は中学3年から高校3年までを過ごしているが生まれ年から計算すると昭和49年から52年までである。今回の滞在で4人の函館人と対談している。漁業から「おがっと」(陸に上がり)になり密魚監視員となった方、青函連絡船に終了1月前まで勤務していた方、老舗バー経営者、啄木研究家だ。

文中これまで函館を舞台の小説は「クラウディ」「母なる凪と父なる時化」「バッサジオ」「ニュートンの林檎」と書いてきてこれからも書くだろう、という一文があった。「海峡の光」が無いな、と思ったら海狭の光は1996年12月に発表され芥川賞を取ったのであった。

遅ればせながら「海峡の光」も続けて読んでみた。青函連絡船を降りて函館刑務所に勤める主人公が、かつての優等生であった同級生を受刑者として迎える話である。小学生時の二人と、船を降りて函館に生きる主人公の葛藤が、人口が減って往時の賑わいが無いという函館の街を下敷きにして、なんともいえない余韻の残る小説だった。

で、「海峡の光」は、この1週間の滞在での4人との対談に触発されて書かれたのでは?と思った。あるいは「海峡の光」のための取材旅行だったのかもしれない。

また、読みながら地図があったらよかったのに、と思ったのだが、これも氏は最初入れようと思ったが、読者に自ら足を運び確かめて函館を感じて欲しいということでやめたとあった。

しかし・・ 1995年刊のエッセイ「そこに僕はいた」には「ぼくの記憶の函館」として、氏直筆の手書きの地図があります。


ラベル:北海道
posted by simadasu.rose at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | 更新情報をチェックする
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