2017年06月11日

ミュシャ展

IMG_1474[1].JPG 国立新美術館2017.3.8〜6.5

スラブ叙事詩を見たくて行ってきました。ミュシャといえばアールヌーボーのポスターのイメージですが、この自国チェコの民族の興隆と誇りを謳った20枚の文字通りの大作が会場いっぱいに、天井高く繰り広げられていました。なんといっても大きさにまず圧倒されます。そしてチラシにも使われているまず第1番目の、こちらを見据える女性と、天にそびえる司祭、薄いブルーがまさに民族の夜明け、しかも異民族におびえるところから始まる、悲しいと表現していいのか、大陸の中の一隅の自国を思わせます。

全20枚、圧倒され通しですが、チェコの歴史、宗教の知識が無く、十分には絵を理解できませんでしたが、あの空間と、各絵の中の人物たちからはこちらを射抜く眼光を感じ、ミュシャの並々ならぬチェコ、民族への思いが感じられました。

国立新美術館 ミュシャ展サイト 「作品紹介」をクリックすると20枚の絵と説明がある。

ミュシャ展 -
ミュシャ展 -  詳細な図録

ミュシャのすべて (角川新書) -
ミュシャのすべて (角川新書) -  新書版で値段も手ごろだが、スラブ叙事詩の全解説がある。

アルフォンス・ミュシャの世界 -2つのおとぎの国への旅- -
アルフォンス・ミュャの世界 -2つのおとぎの国への旅- -  2016.8 海野弘著
副題にもあるようにアール・ヌーボーとスラヴ叙事詩とともにミュシャの生涯も解説。アールヌーボー美術に造詣の深い海野弘著。

物語チェコの歴史―森と高原と古城の国 (中公新書) -
物語チェコの歴史―森と高原と古城の国 (中公新書) -  チェコの歴史をきちんと知りたい時に。

図説 チェコとスロヴァキア (ふくろうの本) -
図説 チェコとスロヴァキア (ふくろうの本) -  ビジュアルにつかみたい時に。

IMG_1476[1].JPG 同時開催の草間彌生展にちなみ樹木もお化粧
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2017年06月10日

ベルギー奇想の系譜展(宇都宮美術館)

ベルギー奇想の系譜展〜ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで
IMG_1465[1].JPG

4月2日に行ってきました。ベルギー、フランドル地方で写実の伝統の上に発展した幻想的な絵画を紹介。
15,6世紀のフランドル絵画から現代アートまで約120点の展示があり、およそ500年にわたる「奇想」の系譜をお楽しみ下さい、とありました。このポスターにもなっているのがやはり目玉かな。ボス工房作となっていますが、細々した登場人物をいくつか切り取って動くようにしてありました。見過ごしてしまいがちな細部もよく分かりこの仕掛けはとてもよかったです。

展示は時代順なっていて現代のところはポール・デルボーとともにマグリットの「大家族」が。マグリットってベルギー人だったのですよね。ああ、20年前年に買ってよかったじゃないですか。宇都宮美術館開館の際、高価な買い物として批判もされたこの「大家族」。それが開館20周年記念展につながったのですね。

IMG_1469[1].JPG

宇都宮美術館(2017.3.19〜5.7) ベルギー奇想の系譜展公式サイト
兵庫県立美術館(2017.5.20〜7.9)
Bunkamuraザ・ミュージアム(2017.7.15〜9.24)

IMG_1470[1].JPG ベルギーワッフルと大家族皿を購入
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2016年07月18日

吉田博展(郡山市立美術館)

吉田博展郡山市立美術館 2016.7.17
7.10の日曜美術館での特集をみてさっそく行ってみました。実は先週までまったく知りませんでしたが、冒頭、ダイアナ妃も自ら買い求め執務室に飾っていたとか、黒田清輝の白馬会に対し旧派と呼ばれるようになって対抗していたとか(このあたりやはり前に日曜美術館で見た五姓田義松を思い出す)、途中から版画を始め、その摺りの再現などをみてとても興味が湧きました。特に版画の水面のゆらぎ。

さて郡山駅。バス停には30人位の人の列。このバス停でいいのか聞いてみると前も後ろも美術館に行く人。ほとんど美術館前で降りたのでした。

会場は年代順になっており、要所での説明版も分かりやすい。水彩、油絵、版画とくるのですが、見終わってみると、水彩が一番いいかなと思いました。スケッチブックなども展示され、ああ、こうやって無数に書いているんだと感慨します。決死の最初のアメリカ渡航とか、白馬会との確執とか、版画を彫っている画像とかを知っているのでよけい感慨深かったのだとは思いますが、1人の画人の一生懸命な生き方が絵を通して伝わってきました。

また、昭和25年に73歳で亡くなってますが、やはり戦時中は従軍画家として絵を描いていました。戦闘機に乗せてもらったようだとの説明がありましたが、日本軍の小さな戦闘機が空中から中国を爆撃している大きな絵がありました。藤田嗣治が戦争画を描いた事で戦後日本にいずらくなったと聞きますが、吉田の場合、英語が話せることで自宅が進駐軍関係者の集う場となっているのです。またマッカーサーも吉田の絵を知っていたとあります。日本洋画界の勢力では黒田清隆に負けたのかもしれませんが、子供や孫も版画家となり自宅で家族に囲まれた写真をみると、生きるように生きた、という言葉がふさわしい気がします。

なんと美術館の庭には、バリー・フラナガンのうさぎが!
Bフラナガンのうさぎ1郡山市立美術館

Bフラナガンのうさぎ2郡山市立美術館

展覧会はこの後、久留米市、上田市、東京と回る。

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2016年07月06日

モランディ展(岩手県立美術館)

モランディ展 28.5.22 

日曜美術館で紹介されたのを見て行ってきました。兵庫、東京ステーションギャラリー、岩手で開催。東京は終わってしまっていて、旅行がてらいいかと盛岡に行ってきました。気分的には東京なみにちょいと行けるつもりだったのですが、悲しいかな新幹線は飛ばされてしまうので仙台乗換。しかも乗り換えたのが札幌まで行くやつで全席指定だった。えーっとなったが、乗ってから指定席券を買って下さいと言われ、無事席が空いており行けました。

さて盛岡に着き、美術館へ。盛岡まで行こうと思ったのもネットで調べたらこの岩手県立美術館の建物が素敵だったからです。
岩手県立美術館1

岩手県立美術館・岩手山 岩手山も見えます。

さて肝心の絵、真新しい館内と洗練された展示で、壺やカンが薄茶と黄土色となり、そこここにある、といった趣でした。高島野十郎のロウソクといい、このモランディの壺・カンといい、題材へのまなざしですよねえ。

ジョルジョ・モランディ -
ジョルジョ・モランディ -  モランディ画集 2011

日曜美術館blog モランディの故郷ボローニャの旅

さて郷土の画家たちの部屋も回った後、1階のランチルームで景色を見ながら昼食。こちらもなかなかよかったです。

その後歩いて、「原敬記念館」へ。
大正時代に平民宰相として活躍した原敬の生家に隣接して建てられた展示室と、生家の一部がありました。展示をみてると祖父は盛岡藩家老とあります。戸籍もあり、そこには士族とあります。係の方に聞くと、原敬は二男で、平民として分家したとのこと。そこには長男や戸主は徴兵を逃れられたからという面もあったと説明してくれました。なるほど分家したのはパンフをみると明治8年、19歳の時。でも明治22年にはこの免除は廃止されています。明治22年には原は農商務省参事官となっています。う〜ん、平民宰相はどうですかね。しかし教科書の1行でしかなかった原敬を目の当たりに感じました。

原敬の大正 -
原敬の大正 -  松本健一著 2013毎日新聞社刊  

さて盛岡駅に戻るべく、タクシーにするかと思いましたがちょうどバスが来たので30分乗り、盛岡城の石垣も車窓からながめて駅に戻りました。駅に戻りすぐ脇にある、都市開発をしたらしい高いビルの上に行き景色を見まわし、盛岡を後にしました。

盛岡駅から南方
盛岡駅から南方

盛岡駅から岩手山
盛岡駅から岩手山
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高島野十郎展(目黒区立美術館)

高島野十郎展 目黒区立美術館 28.4.30

かなり前、日経新聞で白黒のロウソクの絵を見て、心に残ってた画家。それが今年何か所かで展覧会が開かれ、目黒区立美術館に出かけた。駅から10分位なのに、途中、目黒川を渡ると公園になり美術館が現れた。ロウソク、の他何も情報なしで行ったのだが、展示で来歴が分かりやすく紹介され、絵もほぼ年代順に並べられていた。

明治23年生。芸大ではなく東大農学部を出て、大正5年、卒業と同時に画業に専心。絵は独学とある。実家は久留米で資産家だから暮らしていけたのか。昭和3年、絵画グループ「黒牛会」に入るも3回の展覧会をやって解散。これ以後徒党を組むことはなかったとある。おもしろいのが住居の変遷。昭和5年、ヨーロッパに行き、昭和8年に帰国、住居は久留米。その後昭和11年に上京、青山で戦後まで25年間過ごす。その間、戦前は2年ごとに個展を開催した。昭和39年、東京オリンピックで住居が道路拡張のため立ち退きを求められ、千葉県の柏市増尾に移る。移り住んだ場所は井戸水、ランプだったという。で、また柏市の宅地化に伴い転居せざるをえなくなり、近くの元剣道場を改造して住み、ついに足腰も弱り最後は「野垂れ死」を願っていたが、昭和50年9月、野田市の老人ホームで静かに死を迎えたとある。85歳。

絵は風景、花、川、几帳面な筆である。ロウソクの絵は青山時代から描き始めたとあるが、展示は別室で「ロウソクの間」としてダーっとロウソクばかり10点余並べてあった。壮観。来歴を知ってからのこのロウソクの展示室となる、それまでの1人孤高の画業が一つのちびたロウソクの炎でちらちら燃えているようだ。ひとつひとつ違っていて同じロウソクは無い。

このほか月も何点か連作がある。初めて広く紹介されたのが没後5年たった昭和55年の福岡県文化会館での「近代洋画と福岡」という展覧会らしい。その後昭和61年に福岡県立美術館で「高島野十郎展」が開かれ、昭和63年には久留米と目黒区美術館でも展覧会が開かれたとある。東京は盛況で東京の新聞各紙が取り上げたとある。すると目にしたのはこの時か。ちびたロウソクの炎が燃え続け、30年近くの歳月を経て目にできたことになる。

目黒川 目黒川。目黒はすごい坂の町でした。帰りに入った美術館そばのうなぎ屋がおいしかったです。
現在は足利市立美術館で開催中。 

島野十郎 -
島野十郎 -  展覧会図録。表紙はロウソクではなく月。

野十郎の炎 -
野十郎の炎 -  評伝 2006 多田茂治著


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2016年01月17日

ビアズリーと日本展(宇都宮美術館)

ビアズリー展入場券.jpg 
「ビアズリーと日本」展に行ってきました。
展示は2部構成で、最初にビアズリーの原画や印刷された本の展示、また影響を受けたとされる北斎漫画や日本の文様などの展示、そして「ビアズリー、日本上陸」として雑誌「白樺」や影響を受けたとされる高畠華宵など、大正や昭和初期の日本人画家のイラスト画群で構成されていました。

1部は「アーサー王の死」の挿絵から始まり、友人に宛てた手紙「独力で新しい技法を編み出して、ちょっと日本的なやつだけど、全くのジャポネスクではないんだ」や、日本の文様、北斎漫画の”ろくろ首”が開かれてあり、なるほどー、と感じます。また「サロメ」、美術雑誌「イエローブック」「サヴォイ」 など当時の現物の本で展示されてあり、順を追って絵の変化も感じられました。表示点数も多く、ほの暗い展示室でどっぷりビアズリーの妖しい世界に浸りました。

第2の展示では、日本でのビアズリーの紹介で、「白樺」「学灯」、また大正13年の「婦人グラフ」などもあり、大正末期、白樺の時代はそういう雑誌を手に取ることのできた人たちには広まっていたんだなあと感じます。個人の画家のイラストも多数あり、多くはやはり大正末期から昭和初期の作品で、高畠華宵はもとより、長谷川潔や谷中安規、そして資生堂の広告図案なども並べてみると、これまた今度はビアズリーの影響を感じます。ビアズリーのみの展示でも、もちろん、おお、となりますが、1部、2部、日本とのかかわりを持ってくることで、なかなかに見ごたえがありました。「サロメ」のあの首の図だけでも数人のものがあり、見比べるとおもしろかったです。

ビアズリー展チラシ表.jpg チラシ(表)

ビアズリー展チラシ裏.jpg チラシ(裏)

宇都宮美術館
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2014年06月29日

藤城清治美術館

6月下旬、那須高原の藤城清治美術館に行ってきました。

藤城清治美術館1 ニキ美術館だったものを改装してあります。

藤城清治美術館2 藤城清治美術館3 緑の木立を進むと教会が見えてきます。

藤城清治美術館教会影絵1 藤城清治美術館教会ステンドグラス2 教会には氏の影絵のステンドグラスが。

藤城清治美術館ネコ 入口近くではネコのお出迎え

藤城清治美術館軽食コーナー 軽食コーナーのイスの背は氏の少女のキャラクター

藤城清治美術館入り口1 入口

藤城清治美術館入り口遠景 入口まではこんなアプローチ

展示はかなりの数の影絵があります。風の又三郎、3.11の震災、また影絵の両面に鏡と下には水面を置いた展示で無数に画面が見えるとか、展示にも工夫がしてあります。また昭和30年代から40年代、日本テレビの仕事をしていて、ケロヨンという蛙のキャラクターを使った、木馬座アワーをやってたのも氏で、関連の展示もありました。みごたえありです。

藤城清治美術館
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2011年09月17日

古代ギリシア展

ギシリャ彫刻展 10日、念願の?古代ギリシア展に行ってきました。久しぶりの上野駅も駅中におしゃれな店が入って、ちょっと化粧直し。公園口に出ると9月だというのに真夏のような暑さで、また人出が多い。夏休みの追加のような子供づれがたくさん。

会場入り口。人通りの間隙をすばやく撮影。

やはり目玉はこの「円盤投げ」ですかね。かくいう自分も、この写真をポスターで見て、なんという完璧な姿、見てみたいなあ、と思ったのでした。「THE BODY 究極の身体、完全なる美」ですからね。入口でギリシアの年表があり、ざっと読んでその場しのぎで情報を詰め込みます。おっとその前にこれは「大英博物館古代ギリシア展」なのです。ギリシア周辺出土のものをみなイギリスに持って行ったということですね。大英博物館の趣旨が、世界の至宝を一堂に集め英国民に見せる、というものだという旨の開会のあいさつプレートがあり、英国も罪なことをしたものだと思いました。まあそのおかげでこの展覧会があるわけで、我々遠い東洋の国で「ギリシアの至宝」がみられるわけですが。。 世界で何か所が回っているようです。

ギリシャ彫刻展クッキー缶 作品概要はこのクッキー缶で。

ます、「ギリシアの神々」「男性の身体美」「女性の身体美」
神話の神々の像が入り乱れます。ゼウスの妻ヘラはゼウスの姉にして妻、だったのですね。

次に「オリンピアとアスリート」ここに「円盤投げ」がありました。この像は特別扱いで、小部屋に1人置かれてあり、ぐるっと回れるようになってました。この展示方はよかったです。思ったより小ぶりで筋肉は写真の方が硬いです。像はけっこう女性的でした。複製がいくつか作られたということでこれもコピーとのこと。オリンピアの再現ビデオがまたおもしろく、やる人見る人、男性のみ。当時の女性は家の外に出るという事は無く、家で家事と子育てをしていたと説明がありました。外に出る場合は、宴会での踊り子として、とかだったようで、そういう絵皿もありました。でオリンピア、選手は素っ裸なのですね。幅跳び、短距離、これが生身の人間のビデオなので、そしてまた、俳優は現実にはアスリートではない肉体なので、なんかちょっと笑ってしまいます。世界陸上でホンモノのアスリートの肉体を見ている最中なので、よけいビデオとの落差が大きかった。で選手は記録はもちろん、肉体も観客のギリシアの男性市民の「観賞の対象」であったということです。ここらへん、この展覧会で初めて知ったので、ココがおもしろかったです。

次に「人々の暮らし」で誕生、結婚、生死、性と欲望、と出土品でギリシア社会の一端を見せてくれました。オリンピアが男性だけのものなので、絵皿とかではなるほど、男性同士の性も赤裸々に描かれてます。現代では、裸体というと女性のものが大半ですが、このギリシア彫刻での男性の肉体は美しい。現代作家ももっと作ればいいのに、と思いますが。それとも、解説にもありましたが、女性像は当初裸体は作るのを許されず?着衣してたのが、次第に衣服をとれるように、世の中が進んだ?ので、やはり作家である男性は、本当は表したかった女性の裸体をせっせと作っているのか? と勘ぐりました。いきなり話は飛びますが、なぜ十和田湖畔の女性3人は裸体なのか? なぜ男性3人の裸体ではないのか。近代になるにつれ、男性彫刻というと普通目にするのは功なり名を遂げたおじさんの像。そういう像に求められるのは、肉体の美しさではなく、権力のすごさなので、それを表すのには、ハダカにしては権力なんてチャラになってしまう、ということなのか。。

ともあれおみやげぐっずは
ギリシャ蜂蜜 このギリシア蜂蜜です。篠田節子の「廃院のミカエル」でギリシア蜂蜜の事を知ったので買ってみました。
ギシリャ蜂蜜製造者 

ガチャポン あった!海洋堂のフィギュアがちゃぽん。これは次回で。・・1コ400円で、6種類あるのですが、何が出るか分からないのですよね。

ギリシア展公式HP

図説 ギリシア―エーゲ海文明の歴史を訪ねて (ふくろうの本) [単行本] / 周藤 芳幸 (著); 河出書房新社 (刊)
関連本もたくさん売っていました。いつか行ってみたいギリシア。


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2011年02月13日

西武美術館

美術展の入場券はだいたいとってあるのですが、西武美術館のだけピックアップしてみました。

西武美術館泰西名画展 1975.9/20-11/3 泰西名画展
これが初めて行ったものらしい。現代美術を紹介するのが目的とはいえ、泰西名画展もやったということか。中身、よく覚えていない。

第1回は75.9/5/-9/14「日本現代美術の展望」。
セゾン現代美術館のHPに西武美術館開館にあたって の堤清二の言葉あり
このHPにある第1回の入口にあるオートバイみたいなの、今栃木県立美術館の常設にあるものと似てる。県美のは篠原有司男の「モーターサイクル・ママ」1973 のようだ。

カンディンスキー展 76.1/2-2/11 カンディンスキー展。なぜかこれはエレベーターの中での案内アナウンスを覚えている。

アメリカ美術の30年展 76.6/18-7/20 アメリカ美術の30年展
これもあまり覚えてない。リキテンシュタインとかあったのか。

ロダン展 76.7/24-8/25 ロダン展
先の展覧会と間が5日しか空いていない。

ドガ展 76.9/23-11/3 ドガ展
これは混んでいた。友達と行った。

マックス・エルンスト展 77.4/25-5/25 マックス・エルンスト展
これがシュルレアリズムとの出会い。けっこう人が入ってたような気が。画集を買おうかと思ったが実物と色合いが随分ちがったので買わなかった。

ヴィヤール展 77.8/27/9/28 ヴィヤール展
ちょっと茫洋としてる画風

ムンク版画展 77.10/8-11/3 ムンク版画展

ミロ展 78.1/2-2/25 ジョアン・ミロ展

エゴン・シーレ展 79.4/27-6/6 エゴン・シーレ展
78年のような気がするのだが、暦を調べると79年のようだ。79年4月からは社会人になってる。
エゴン・シーレもこの展覧会で初めて知ったように思う。

創造の迷宮展 80.7/19-8/12 創造の迷宮展

マンダラ展 80.7/19-8/12 マンダラ展
上記と並列でやってた。チベット僧が床に実際にマンダラを描いていた。
ライヴ・アンダー・ザ・スカイを聴きに上京したついでに観た。

クレー展 80.9/20-11/3 パウル・クレー展

ヴンダーリッヒ展 80.11/15-12/7 ヴンダーリッヒ展
これはインパクトあった。エロティックな。

オキーフ展 88.8/12-8/30 ジョージア・オキーフ展
これは渋谷西武のスペースでのものだったらしい。いつ頃からオキーフを知ったのか。

ワイエス ヘルガ展 90.0/2-2/25 アンドリュー・ワイエス ヘルガ展
セゾン美術館 これは混んでいた。

グッゲンハイム美術館展 91.6/20-9/1 グッゲンハイム美術館展
なにかまったく記憶にない。。 夫と二人で行ったらしい。

西武美術館、セゾン文化について書いてあるページをいくつか
セゾン文化を継ぐのは誰か 1999 VOICE3月号 浅田彰
私立美術館ー西武・セゾン美術館を中心に(村田真)
半券の復活 ヴンダーリッヒ展 ジョヴァンニッキ
セゾン文化は僕の血であり肉である TakuSakurai
セゾン文化は何を夢見た 猫にまたたび
池袋西武に教えてもらったこと 青蓮亭日記
セゾン文化が遺したもの  カンバンボーイ2号
セゾン文化は何を夢見た nobody 
メガ・ブックセンターと西武 ほんの本の未来
「セゾン文化は何を夢見た」を慌てて買う 闘いの後の風景
「セゾン文化は何を夢見た」 本と奇妙な煙




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2011年02月12日

琳派芸術展

シュルレアリズム展のあと、時間があったので出光美術館で「琳派芸術」展もみてきました。

琳派芸術展1

1期と2期に分かれていて今は2期になっていました。
こちらは酒井抱一が主な展示でした。
この入場券は酒井抱一の「紅梅白梅」なのですが、銀箔なのです。これがよかったです。
琳派芸術点チラシ

琳派の流れを汲む、ということで、かきつばた図屏風や風神雷神なども描いていて、う〜んこちらは俵屋宗達とか尾形光琳の方がいいかなー、と思ったけど、この銀箔の梅は銀がなにか鬼気迫る感じがしてよかったです。


シュルレアリズム展とは一転して、5,60代中心の客層。まあすっぽりはまってますけど。。

見終わったあとは窓から皇居を。正面が桜田門。これがあの歴史の舞台のあれかと。。見られてよかった。
桜田門

丸の内オアゾ裏のビル
疲れ果ててオアゾの広場でしばしイスにすわる。直径20cmの土から水分をとってる木。

出光美術館HP
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シュルレアリズム展

国立新美術館で開催中の「シュルレアリズム展」に行ってきました。

シュルレアリズム展1

最近は日本画の余白がよいなあと思うことが多いのですが、なにしろシュルレアリズム絵画とのつきあいは30年余。ですが、ぱっと見の感性だけで見ているので、芸術新潮でちょっと予習して行きました。
芸術新潮 2011年 02月号 [雑誌] [雑誌] / 新潮社 (刊)

南伸坊と赤瀬川原平の対談がおもしろい。昔シュールリアリズム、今シュルレアリズム、今は不自然なことを指すのにシュールだ、という表現が俗語としてあたりまえになってる。これはエロティシズムが「エロ」になると俗っぽくなるのに似ている、なんていうのが鋭い。また今回はヴィクトル・ブローネルが随分でているとのこと。おっこの名前は初耳だ、と思いましたが、テーブルにはりつくキツネの剥製に見覚えアリ。

というわけで雪あがりの中出かけました。
シュルレアリズム展チラシ表1
チラシ表1

シュルレアリズムとの出会いは77年4月の西武美術館でのマックス・エルンスト展。たまたま朝TVを見ていたら紹介されてたのでなにかおもしろそうと思いさっそく行ってみたのです。それまでの好みはゴッホ。おお、世の中にはこんな絵もあるのか、シュルレアリズムという言葉もそれで初めて知ったのじゃないかな、それ以降シュルレアリズムと言えばマックス・エルンストという事に自分の中ではなっていたのでした。なのでこのチラシ、えっ、マグリットってシュルなの? マグリットはマグリットでぇ、 というより最近はシュルレアリズムがどうの、何派がどうのなんていうのも何も考えずただ見ていた、という具合です。その後それ関係の本はけっこう買ってるのですが、結局積んどいただけだったということですね。

シュルレアリズム展チラシ表2
 チラシ表2

何より今回の展覧会は「ポンピドーセンター所蔵の・・」というところがミソです。実は今を去ること29年前の82年2月の今頃です、ポンピドーセンターに行ったのでした。もうだいぶ忘れてますが、これでもか、という現代美術の嵐・・ 今回の全部見てるのかなあ。しかしタンギーはたくさんあった気はします。灰色の海でおぼれそうなくらいに。

シュルレアリズム展チラシ内1
 チラシ内側1
シュルレアリズム展チラシ内2
 チラシ内側2

展示は5つに区分され、「ダダからシュルレアリスムへ 1919-1924」「ある宣言からもうひとつの宣言へ 1924-1929」「不穏な時代 1929-1939」「亡命中のシュルレアリスム 1939-1946」「最後のきらめき 1946-1966」となっています。その区分の中で制作された作品がかざってあり、シュルレアリズムの変遷を概観する、といった展示です。ポロックとかになると、ここまでそうかと思います。ブルトンの死をもって運動の終りと位置付けてあります。

予習のブローネル、確かにたくさんありました。やはりこの展覧会全体でインパクトあったのは「テーブルのきつね」かな。あとデュシャンの「瓶掛け」とか、マグリットの「ダヴィッドのレカミエ夫人」という絵の鋳造作品など、立体がおもしろかったです。あとは各時代の美術雑誌とか展覧会のポスターなどの文献資料の展示もあった。そうそう、映像の「ひとで」「アンダルシアの犬」「黄金時代」が常時映されていた。あの新宿アートビレッジでは眼をつぶってしまったアンダルシアの犬の目の場面、あの時よりさらに大きい画面でしかと見ました。しかし壁に「一部気分を害するかもしれない部分があります」との札がかかっていました。

ほどよい観客の数でゆとりをもって見られました。しかしこの運動の人たち、おおむね1890年から1900年初頭に生まれていて、今生きてれば100才から110才。運動を始めたのが20代ってとこです。観客は若い人が多かったです。若い頃シュールに洗脳された人って自分も含め5,60代、いや70代の人もけっこういると思うのだが。。

シュルレアリズムデザート 食事はローストビーフサンド(これがおいしい)とシュルレアリズム展をイメージしたデザート。りんご丸ごとロースト。

シュルレアリスム展HP
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2010年09月13日

マン・レイ展

4日マン・レイ展を見に新美術館に行ってきました。
年代に沿って、マン・レイの業績が展示され、写真で興味深かったのはパリ時代に撮ったアーティストの写真。エリユアール、ピカソはもとより、ジャン・コクトー、ラディゲ、サティとかおお、いるいる、という感じです。

途中映像コーナーがあり、なんと「ひとで」「エマクバキア」「さいころ城の秘密」などを上映していました。70年代後半、「ぴあ」には自主上映のページがあり、新宿とか近代美術館などでよくやっていた記憶があります。誌面でその字面をみるたびどんなやつなのかなあ、と思っていたのですが、その手ので一度見にいったのは、「アンダルシアの犬」や「幕間」。その時も?だったのですが、う〜ん、ひとで、よくわからん・・ でも、こういうのだったのか、と30数年来のつかえが降りた感じ。

また出口近くでは最後の奥さんが出てくる、アトリエの映画もあり、このジュリエットさん、なんか小野洋子とジャクリーン・ケネディを合わせたような顔だなあと思ったり。ジュリエットとマン・レイが映ってる写真、ジュリエットさんがとても幸せそうで、ああ、すごくマン・レイのことが好きだったんだなあと感じます。年譜見ると、マン・レイは、20代でアメリカで結婚、パリに渡りキキと数年同棲、その後また別な女性と、そしてアメリカに戻りジュリエットと結婚、ですから・・

そんなこんなで、マン・レイの一代記がよくわかった展覧会でした。

昔、レコードプレーヤーの上蓋に雑誌か何かに載っていたマン・レイのソラリゼーションの写真をはさんでいました。
manray これです。
キキのソラリゼーションらしいです。

cat_oさんのマンレイ&キキのページ

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2010年09月10日

伊藤彦造イラストレーション


伊藤彦造イラストレーション

伊藤彦造イラストレーション

  • 作者: 伊藤 彦造
  • 出版社/メーカー: A&Aパブリッシング
  • 発売日: 1999/08



もう一度みてみたくなって図書館で借りてみました。表紙の絵は
「丸橋忠弥召し捕り」(冒険活劇文庫S24.9月号)

画集は年代順に代表的な絵が掲載されています。
昭和2年、少年倶楽部の「豹の眼」、「角兵衛獅子」が同時連載。これで人気を博したようです。
途中、戦争絵画、カラーの絵などがありますが、目をひかれるのはむしろ戦後の絵。

昭和26年からの「少年画報」(冒険活劇文庫が改題)での剣豪を主題にした「彦造傑作名画集」に眼を奪われます。戦前の絵に較べて、より線が細くなっています。それに顔もなにかいいです。

昭和30年代に入ると、小学館の学年誌に歴史読物の挿絵がはじまります。ここでは少年画報の時よりまた線が太くなっています。小学生を意識したんでしょうか。

そしていよいよ昭和40年代、小学館の「少年少女世界の名作文学」の挿絵です。これはリアルタイムで実体験した挿絵だけに一番身近に感じます。世界、というだけあって西洋人の登場人物が多いのですが、これがリアルです。また線は細くなっています。残念ながらルスランとリュドミーラの挿絵は載ってませんでしたが。「狭き門」や「石の花」など、おお、この線の感じだ!ととてもなつかしいです。

最後に長女・伊藤浅子さんの作品が2ページほど載っていました。昭和25,27年ごろの挿絵ですが、
筆致があまりにも父・彦造と似ているため、彦造がダブルネームで作品を描いている、と捉えられて、浅子氏は「これ以上描いていると父の顔に泥を塗る」と絵をやめ、日本舞踊の世界で名をなしたそうです。同じ白黒のペン画で確かに似てます。


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2010年09月03日

伊藤彦造の挿絵

世界の名作文学

伊藤彦造で画像検索していたら、こんなものが見つかりました。
小学館の「少年少女世界の名作文学」です。これは昭和40年代に小中学生だった人で本好きの人なら一度は読んでるシリーズではないでしょうか。

なんとこの日本編の「山椒大夫」と「三人兄弟」に伊藤彦造が挿絵を描いています。文も森鴎外に菊地寛です。

この「少年少女世界の名作文学」、箱入りで、ハードカバーの厚い表紙にはカラーの名画が印刷されていました。自分が買ってもらったのは「ああ無情」が入っているフランス編と「隊長ブーリバ」が入っているソビエト編の2冊。どちらかがマネの笛を吹く少年の表紙です。マネだからフランスの方か。ちょっと大人の感じのする「ルスランとリュドミーラ」なんていうのも入っていたなあなどと思い出しました。この「ルスランとリュドミーラ」、クラシック音楽でもあり、ラジオで何度か聴いたことがあります。

で今度は「少年少女世界の名作文学」で検索してみると、
「少年少女世界の名作文学(全50巻) 収録作品一覧」 というサイトが見つかりました。”見よ、この膨大な作品群!少年少女の思い出と文化的教養の集大成!少しずつ作成していきます。”と、思わず頬がゆるむコピー。

1巻から順に一覧になっており、、ぱらぱらと伊藤彦造(絵)というのが出てきます。けっこう描いていたんだなあと見ていくと、ありました。「隊長ブーリバ」 そしてなんとそのソビエト編に、
「ルスランとリュドミーラ」プーシキン作、伊藤彦造(絵)とあるではありませんか。

!!これはどちらの名前が男か女か忘れましたが、確か囚われたお姫様?いいなずけ? を男性が助けに行くような話だった気がします。そして細い線で描かれたルスランとリュドミーラのなんと美しかったこと。発売時に買ってもらったとすると3年生だが・・

しかし、なんとなんと、この本、ずっととってあったのですがつい1年位前、燃えるゴミで捨ててしまっていたのでした。

ああー、特に50過ぎてとみに追憶するこの頃、昔のモノはとっておくべきですね。

検索すると、けっこう伊藤彦造のことを書いてあるサイトがあり、それらをまとめて「少年少女世界の名作文学」で伊藤彦造が挿絵を描いているのをまとめてみました。


この小学館の「少年少女世界の名作文学」は微妙にシリーズ名を変えて何回か出ています。

<小学館 少年少女世界の名作文学 全50巻 1964.9-1968.10>
通巻1古典編1「ギリシア神話」(1965.11)
通巻2古典編2「中世騎士物語」(1967.6)
通巻3イギリス編1(1967.5.20)「ロビンソン=クルーソー」デフォー原作 
通巻5イギリス編3(1968.5.20)「ポンペイ最後の日」エドワード・ジョージ・リットン原作
通巻10アメリカ編1(1966.7.20)川端康成編 表紙モネの睡蓮
「リップ=バン=ウィンクル」アービング原作 大石真(訳・文)
通巻13アメリカ編4「モヒカン族の最後」(1966.5)
通巻17アメリカ編8「スカラムーシュ」(1967.8)
通巻19フランス編1(1968.1.20)「美女と野獣」ボーモン夫人原作 
通巻23フランス編5(1965.7.20)「八十日間世界一周」ジュール・ベルヌ原作 
通巻24フランス編6(1966.9)「狭き門」
通巻28ドイツ編2(1968.3.20)「ファルーン鉱山」ホフマン原作 
通巻30ドイツ編4(1967.9)「クオ・バディス」
通巻33ソビエト編1(1965.5.20)表紙シャガールのチェロを弾く人
「ルスランとリュドミーラ」プーシキン原作 
通巻37ソビエト編5(1967.3.20)表紙 ブリューゲルの氷すべり
「石の花」バジョーフ原作 
通巻39北欧編2「北欧神話」(1966.11)
通巻41南欧編2(1968.7)にも描いているらしい
通巻45日本編1「平家物語」(1966.5)
通巻46日本編2「太閤記」(1965)
通巻47日本編3(1966) 表紙安藤広重の大はしあたけの夕立
「義経記」山本和夫・文 
通巻48日本編4(1965) 表紙 麗子像 岸田劉生
「山椒大夫」 森鷗外 作
「三人兄弟」 菊池寛 作

<小学館 少年少女世界名作文学全集 全56巻 1960-1965>
第56巻「南総里見八犬伝」村上元三文(1963)

<小学館 カラー版名作全集 少年少女世界の文学 全30巻 1969-1971>
通巻27日本編2「南総里見八犬伝」(1969.2.25)
通巻28日本編3「耳なし芳一の話」(1970.7.25)



参考にしたサイト
少年少女世界の名作文学(全50巻)収録作品一覧
古書サイト
名作マスターピース
「憂国の絵師伊藤彦造」のリスト
針穴日記 
国際子ども図書館









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高畠華宵、昭和美少年手帳

高畠華宵の本が幸運にも図書館にあったので借りてきました

高畠華宵ー大正・昭和 レトロビューティー(らんぷの本)

高畠華宵ー大正・昭和 レトロビューティー(らんぷの本)

  • 松本品子編
  • 出版社: 河出書房新社
  • 発売日: 2004/01/08



これは弥生美術館の学芸員・松本品子氏の編集。紹介されているのは女性を描いた絵のみ。まず「銀座行進曲」という昭和3年の流行歌に唄われる”国貞えがくの乙女もゆけば、華宵ごのみの君もゆく、宵の銀座のオルゴール”という絶頂期の絵がまず紹介される。着物、洋装のファッション面からの切り口で図版が次々に紹介され、随所に私生活の写真、記事が時代を追ってあり、華宵の画業と一生が自然に分かるようになっている。サロメの絵などもあり興味深い。洋装の白黒画の時にビアズリー調になるものがある。大正末から戦前にかけての日本画も何点か紹介されているが、こと”美しい女”に関してはこの日本画でのほうが、より美しい感じ。展覧会の展示だったかに母に宛てた手紙で「まだまだ認められてない(ちょっとあやふや)」というようなものがあった気がするのだが、本当は日本画で認められたかったのか。でもこの本によると公の展覧会とか団体には属さなかったらしい。

展覧会で目についた「源吾旅日記」は、昭和12年に「少年倶楽部」に連載されたもので「母をたずねて三千里」の幕末版(赤川武助作)とも言えるものだというのが書いてあった。

巻末の単行本、雑誌の参考文献が充実している。一部は先に紹介した「プリンツ21」にも転載されている。


昭和美少年手帖 (らんぷの本)

昭和美少年手帖 (らんぷの本)

  • 中村圭子編
  • 出版社: 河出書房新社
  • 発売日: 2003/06/14




こちらは高畠華宵、山口将吉郎、伊藤彦造、山川惣治、石原豪人の描く”美少年”を紹介した本。入れ墨の表紙は華宵である。どこに掲載されたかは不明な絵。

う〜ん、こうやって他の人の絵と較べると、好みの美少年は華宵、山口、伊藤の3氏、しかも髷のある方がよいなあ。着物の乱れなどはっとする美しさ。で、白黒がより顔の白さが際立って美しい感じがする。

巻末に「日本の美少年絵画」という解説があり、その中で華宵の少年画の完成は大正13年の「華宵事件」を契機に講談社から実業之日本社に移ったその時期だとしている。大正12年の「少年倶楽部」、昭和5年の「日本少年」の表紙が示されているが、確かに丸顔の少年からやや長めの顔になっている。この時期の華宵の少年画には浮世絵的要素とギリシア美術の要素を含むとされ、大正14年〜昭和2年の「日本少年」連載の「南蛮小僧」がその独自の美がフルに発揮されたものという。少年の挿絵ではこの「南蛮小僧」と「源吾旅日記」がよいかな。

華宵事件のあと、華宵に似た絵を描ける画家として起用されたのが伊藤彦造だということだが、華宵のは芝居の一場面のようで命のやりとりという怖さはないが、伊藤彦造はどちらかが必ず死ぬ、という切羽詰った緊迫感があるとしている。編者の中村氏も弥生美術館の学芸員とある。

伊藤彦造、久しく忘れていましたがこの本を思い出しました。

伊藤彦造イラストレーション

伊藤彦造イラストレーション

  • 作者: 伊藤 彦造
  • 出版社/メーカー: A&Aパブリッシング
  • 発売日: 1999/08



たぶん出た時に見て、すごい絵だなあと思ったのを覚えてます。より鋭く細い線。

タグ:挿絵
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2010年08月30日

挿絵≒日本画 高畠華宵の大正イマジュリィ展

日光の小杉放菴記念日光美術館で「挿絵≒日本画 高畠華宵の大正イマジュリィ展」を見てきました。
高畠華宵展

高畠華宵なる人物の名を知ったのがつい二ヶ月前なのですが、地元紙にこの展覧会が紹介され、さっそく行ってきました。昔の挿絵画家、という知識しかなかったのですが会場に入ると、まず最初に目を引くのが「津村順天堂」の白黒のポスター原画です。ビアズリーを思わせるその絵でグラフィック界にデビューすることになるわけですが、シャープな線と美しい女性の姿は今見ても全然色あせていません。

日本画と洋画を学び、広告と挿絵で一躍時の人となるわけですが、会場ではその企画展の趣旨、「近代の芸術観では周縁部とされる挿絵などのグラフィック・デザインと、正統的とされる日本画との間に密接な関係があったのではないか」というとおり、挿絵と日本画が交互に展示されています。

一番印象深かったのが「幸福の王子」の絵本原画。これは会場中ほどでこの絵の所に来た時、おお、これはこの絵を子供の頃見たのではないか?という思いにとらわれました。見ると昭和23年発行の講談社の絵本です。このシリーズでは「かちかちやま」とか何冊かは子供の頃読んでるはず。「幸福の王子」を何時頃、どの本で読んだのかは覚えてないのですが、王子の足元に横たわるつばめの絵は印象にあり、まあ、絵本にすればその構図は似てくるのかもしれないですが、タッチがとてもなつかしい感じで嬉しくなってしまいました。

されに進むと、やはり講談社昭和27年刊の「怪盗ルパン」の原画もあり、これもなつかしい感じです。

しかしやはり華宵の真骨頂は美しい少年少女、男性女性でしょう。原画は当時の印刷技術からか、出来上がり寸法と同じに書き、印刷の色合わせも厳しかったようです。色のついたのもいいですが、美しい顔と体の線、衣服のひだなどを味わうには白黒のインク画がより際立つ感じがします。特に「源吾旅日記」という昭和13年の挿絵が29点あっりましたが、まったく話の筋は知らないけれど、絵を順にみてると源吾少年の苦難の旅がわかります。

日本画は風景、美人画とありましたが、きっと華宵の日本画は、挿絵画家というレッテルが先にくるので、あまり評価されてないのかな、と思いましたが、こと美人画だったら、上村松園は顔も違うしちょっと別格におきたいですが、鏑木清方や伊藤深水の女性と較べたら、断然、華宵の挿絵の女性のほうが好き。


prints (プリンツ) 21 2008年秋号 特集・高畠華宵 [雑誌]

prints (プリンツ) 21 2008年秋号 特集・高畠華宵 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: プリンツ21
  • 発売日: 2008/06/26
  • メディア: 雑誌



会場で売っていたこの本を買ってきました。雑誌の特集号ですが、宇野亜喜良や松谷みよ子の文とか、彼の画業がわかりやすく載ってます。カラー画像も豊富。昭和10年の総勢60名の女性を描いた(もちろん服は皆ちがう)日本画屏風、「移りゆく姿」が折込でありうれしい。

小杉放菴記念日光美術館
高畠華宵大正ロマン館
弥生美術館




おまけに「ふじもと」の西洋懐石弁当です。
あおやぎの箱弁 イベリコブタのクリーム煮込みとまいたけのサラダです。本当はこの区切りが6つあるのですが、途中まで食べて、このおいしさをupせねば、とあわてて写真を撮りました。他にサケの切り身のグリルがあるのですが、レアで皮がパリっとおいしかったです。










posted by simadasu.rose at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月08日

阿修羅展

阿修羅展 

仏像を見ても?なのですが、この阿修羅だけは妙に惹かれます。4月に見に行ってきました。15分くらい待ちで入れました。
中へ入るとそれは仏像だらけでした。(あたりまえか)  会場を突き進むとひときわ大きな御頭が。みると興福寺所蔵。おおー これが教科書に載ってた「興福寺仏頭」か。頭の小さなくりくりがところどころ抜け落ちてるところが風雨を感じさせます。

いよいよ阿修羅の部屋へ。”修羅場” ”修羅のごとく” という言葉がすぐ浮かんできます。人間のどうしようもない自己主張をする言葉としてイメージします。そのごとく阿修羅1体をめぐりぐるぐる回るように会場はなっており、「なるべく立ち止まらないでくださーい」と係員がお願いしています。

おおーこれがあの阿修羅か。この「あの」というのは「日本史の教科書に載っていた」ということです。顔は朱色、あずき色と思っていましたが、照明のせいかわりと白っぽくみえました。

しかしこの意匠。遙か古の仏師のデザイン力というか想像力には脱帽します。ピカソも真っ青ではないですか。しかもなんという美顔。止まらないで下さーい、といわれるので、その顔、その手、その足、立ち去り難く2回ぐるぐる回りました。

この展覧会最大の収穫。・・お恥ずかしいことに私はずっと阿修羅は女性だと思ってました。連れから「ばかだなー」とあきられましたが。。

カルティエ展

隣の館でやっていたのがこの「カルティエ展」です。
こちらは輝くばかりの宝石の数々。入場券に印刷してあるのはてっきりどこかの王女さまの胸を飾っていたもの、しかも素肌に、とおもっていたのですが、なんとインドの男性王族の胸を飾ったものでした。インドでは宝石は財力を表すもので男性が身につけるものだったそうです。その説明がホログラムで示されます。

ホログラムといえば、何の映画だったか未来では物体としての図書が無くなり、知識はホログラムで示される、といった場面があり、それを思い出してしまいました。

あとはグレース・ケリーの婚約指輪とかエジンバラ公だったか?関係の宝石がありました。展示物は半分はティアラでした。うーん、我々は身につけられないですわな。

東京国立博物館
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2008年10月13日

アネット・メサジェ展

上野でハンマースホイ展を見た後、六本木ヒルズへ。。 「ミレイ展」を見てもよいかもと思ったのですが家人がまだ森タワーに行ってないというし渋谷へ行くよりは近いし、行けばなにかあるだろう・・くらいの思いで六本木へと向かいました。

そこでやっていたのがこの「アネット・メサジェ展」でした。
アネット・メサジェ1.jpg

アネット・メサジェ2.jpg
会場で出迎えてくれるのが、この毛糸の衣装をきたスズメの遺骸たち。さらに進むと鳥やいたちなどの剥製がお面を被ってたくさん・・30体位ぶら下がっています。芸術っていうのは何か意図があってモノを現してるんだよなあ。。 と思いつつ。いや、適当に好きなものを並べてるのか、とか考えてみたり。

アネット・メサジェ3.jpg
そして終盤、赤い流れが奥から目の前に流れてきます。洪水をイメージしてしばらく眺めてましたが、最後に彼女の作品のメイキングビデオを見て、今までみてきた不可思議なものの意味がわかって、意味不明の物体の羅列だった作品群が、俄然おもしろく見えてきました。

お面を被った剥製たちは、人間はいろいろな顔を持っている、仮面を被って生活している、ということを現したもので、赤い洪水だと思ったのは出産をイメージしたものでした。芸術作品に触れるって、その画布なり物体から発散される何か、その空気を浴びたい、という思いからなのですが、事こういう一見理解しがたいものは作者の意図がわかると俄然おもしろく見えてくるもんだ、というのが分かりました。

ただ説明されないと分からない、という状況はどんなもんかなあと思いますが、ミレイの「オフィーリア」だって物語を知ってて初めてよりおもしろくなるのだろうし、そうでなければただの綺麗な模様にすぎない、いや模様や一輪の花を描いた絵でさえ意味を持っているものなのでしょう。これは自分で描かないから持つ感情なのかもしれません。

アネット・メサジェ展HP

関連ページ1 
関連ページ2 会場の様子や作品が分かります
アネット・メサジェの本


会場からさらに屋上へ
東京タワー.jpg
屋上のヘリポートから見た東京湾方面です。携帯とカメラ以外は身につけるなといわれた意味がわかりました。ガラス越しに見るのとは違ってビル屋上の風をまともに感じます。東京タワーを見下ろしてるように見えるのですが、森タワーは238mなので、やはり東京タワーの方が高いようです。

国立新美術館.jpg
下ってもとからあった展望コーナーを回ると、国立新美術館の全景がみえました。なにか”まる見え”状態に感激して一枚。

それにしても六本木ヒルズってどこに何があるのか分かりずらい。というか食べ物屋が分かり図らかった。「毛利サルバトーレ・クオモ」でピザを食べたのですが、ピザそのものは美味しかったんだけど、たまたま目に付いた薄暗いテイクアウトのコーナーに行ってしまい、よくみたら隣にきちんと食事できるエリアがあった。。
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2008年10月12日

ヴィルヘルム・ハンマースホイ展

ハンマースホイ.jpg

国立西洋美術館でやっている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」に4日行ってきました。新聞に載ってた開催予告の絵になにか惹かれました。それに初めて聞く名前だったので一体何者?との興味からです。

会場はさほど混んでもいずほどよい状況。
ヴィルヘルム・ハンマースホイはデンマークの画家で当地ではとても高い評価を得ているようですが、今回日本で初めての展覧会です。

デンマークに生まれ、首都コペンハーゲンで暮らし、そのほとんどの絵が自宅の室内。又はデンマーク王宮、とかデンマーク郊外など。それに人物を書き入れてなくそこにあるのは静謐な物質空間のみ。デンマークー王宮を描いたものなどは、いまにも雪がふってきそうな灰色の空の印象で、寒くて足早に家路に急いでしまって街には人通りも絶え・・といった色調と雰囲気です。

家の中は人物がいるかと思えば後姿。多くは妻を描いてます。妻、38才の時の絵は正面をとらえてますが、その時妻は病気だったのか、ええ!と思うようなやつれぶり。私だったら抗議してしまいそう。

同じ室内を同じ角度から何枚も描いていて、それもおもしろかったです。しかし今回一番私の興味を引いたのはその室内に描かれているストーブでした。デンマーク=北国=寒い、という図式が頭の中であり、その灰色の色調の室内の隅に鋼鉄製(よくわからないが銀色に光る金属)の高さ1.8mくらいの円柱製のストーブが描かれてます。下で薪をくべ、上は煙突につながる円柱が壁に埋め込まれてます。
さすが北国のストーブはすごいもんだと妙にそこに感心しました。

会場を出ると音楽が風に乗って聴こえてきます。駅の方へ歩いていくと東京文化会館の前でソプラノサックスを吹く男の人。なんと須川展也さんでした。「TOKYOミュージックマラソン音楽祭」にうまく出くわしたのです。なんというラッキー♪ 艶のある伸びやかなサックスの音を堪能し上野を後にしました。

ハンマースホイ展HP

ハンマースホイの鍵穴 ハンマースホイについて語るファンサイト デンマークについても

須川展也さん

TOKYOミュージックマラソン



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2008年05月25日

バリー・フラナガンのうさぎ

宇美術館うさぎ
宇都宮美術館でお出迎えしてくれるうさぎ。
宇都宮美術館は大きな森の中にあって、駐車場から美術館までおよそ500mくらい歩く。途中ひろーい野原があり、このうさぎくんがいる。なんだかみると、とても楽しくなってうきうきしてくる。

そばに寄っても、誰の作とか書いてないので今までわからなかったが、ウサギは一匹とばかり思っていたが、これが何匹もウサギを生んでいるらしいのだ。

とこの文を書く気になったのも昨日、名古屋にもいるというのが分かったからなのだ。調べたら日本では他に福岡にもいるらしい。いやいや北海道、箱根、・・

ダブリンのフラナガンのうさぎ 宇都宮以上に跳ねてますねえ。

Barry Flanagan

Born in Prestatyn, North Wales, Barry Flanagan has lived in Dublin since 2000 and has become an Irish citizen.

ウィキペディア

Waddington galleries のうさぎ

福岡市美術館の兎

ヤフー検索 バリー・フラナガン

mihalitaさんがすでに詳しく調べていらっしゃいました。

はるるさんのページでも ・・宇都宮、ちゃんとプレートあったんですね。

いやー 数え方まで調べちゃった 羽とも数えますが放送は匹で言ってるそうです。
posted by simadasu.rose at 18:22| Comment(4) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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