2017年11月02日

投資なんかおやめなさい(荻原博子著)

投資なんか、おやめなさい (新潮新書) -
投資なんか、おやめなさい (新潮新書) -  2017.9.20刊

~面倒くさがり屋は貯金?

金融素人にもわかるようにと、かみ砕いて説明してある。なので読後1か月経って覚えているのは、株や投資信託や債券で儲けるにはやはり市場とか勉強して、絶えず市場に目を配り投機の期をはずしてはダメ。

貯金は、いくら利子が低くても積み立てた金額だけは保証される。 この2点が頭に残った。

また、貯金と保険の概念図というのが載っていて、貯金は右肩上がりの直角三角形で、保険は四角形。
これは、保険に加入して1万円の保険料を支払った後直ぐ病気や死亡したとしても、例えば1000万円の死亡保険金は支払われるが、貯金だけの人の手持ちはその1万円だけ。ただし保険は手数料などが差し引かれ、多くの死亡保険や病気保険は掛け捨てが多い、というもの。つまり保険は死んだり病気したりして初めて生きる~まあ、当たり前か、保険は安心をお金で買うもの。お金の運用に保険と貯金を同列にしてはいけない、と。
ラベル:定期預金
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2017年05月16日

弘兼流60歳からの手ぶら人生(弘兼憲史)

弘兼流 60歳からの手ぶら人生 -
弘兼流 60歳からの手ぶら人生 -

朝新聞に載った広告を見てさっそく読んでみた。なにしろ先ごろ退職し家の中の衣類や本など正に整理中なのだ。
広告では「持ち物を捨てる」「友人を減らす」「お金に振り回されない」「家族から自立する」奥さんと一緒に旅行という幻想も捨てる、などどれも興味をそそる内容。

69歳の氏が60歳あたりの読者に向けて、氏が60歳あたりから感じ、そして実践した「手ぶら人生」について、「弘兼流」の考えを綴ったもの。

手ぶら人生については正にこれからやりたいところ。ただ内容はまさにヒロカネ流であって、ヒロカネさんはこうか、ということをお伺いいたしました、といったところ。この本も読み終わったら、手ぶらになるための運命になるかも・・
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2016年08月15日

超・箇条書き(杉野幹人)

超・箇条書き―――「10倍速く、魅力的に」伝える技術 -
超・箇条書き―――「10倍速く、魅力的に」伝える技術 -  2016.6

外資系で働いてきた著者が培ったプレゼンの技術を伝授。
単なる箇条書きでなく、それに「構造化」「物語化」「メッセージ化」の内容を加味して紙面を作る。
「構造化」
・相手が全体像を一瞬で理解できるように。伝えたいことの幹と枝を整理。
 ①状態・現象(自動詞で表現)と、行為を伝える文(他動詞で表現)をまとめる。
 ②「時間軸」を整理する。並列のつながりと直列のつながり
   「人員不足、競合製品がある」ので「戦略部から営業部に応援人員を出して対応する」
   (状態・並列 自動詞)→(時間軸)→ (行為)
 ③「ガバニング」最初にまとめる
   ・原因は2つ「人員不足、競合製品」
   ・対応策は1つ「応援人員を出す」
 *「体言」止めは曖昧になるので使わない
   「×コストの低下」 をするのか、原因なのか が分からない
「物語化」
・相手が関心を持って最後まで読み切れるようにする。相手の文脈を考えて全体の流れを作る。
  イントロとフック~小見出しをつける
  MERC崩し~重要な部分のみ伝え、全てを伝えない
  固有名詞を出して気を引く

「メッセージ化」
・相手の心に響かせ、行動を起させる
  自分のスタンスを明確に~賛成か反対か
  隠れ重言排除~同じ言い回しでダブっている部分を無くす
  否定 「市場の声に耳を傾けず 新商品を自分の信ずる新商品を作ります
  数字 ~を改善する → 具体的な方法を示す「売上を1割伸ばす」  

※相手に時間があり勉強かタイプの時はベタ書きの方がよい

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2016年07月09日

小林カツ代と栗原はるみ~料理研究家とその時代(阿古真理)

小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書) -
小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書) -  2015.5

2014年1月に小林カツ代さんが亡くなって約1年後に出た本である。結婚して初めて料理本なる物を見、真面目に料理に取り組んでいたのは子育て期の80年代と90年代だ。その時のビッグネームはこの本の題名のとおり、小林カツ代と栗原はるみか。戦後、料理研究家と言われた人たちの生き様とその料理の特徴をその活躍した時代とともに語った本。小林カツ代は常識をくつがえす時短料理の革命としてとりあげられている。

料理の内容から、本格派、創作派、ハレとケの4つにグループ分けして語る。小林カツ代はケの創作派、栗原はるみは創作派、西洋料理の本格派は飯田深雪や江上トミ、土井勝など。80年代は図書館でたくさんの料理本を見た。この本には取り上げられていないがさらに優雅な藤野真紀子、お菓子の今田美奈子もなつかしい。



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やってはいけないウォーキング(青柳幸利)

やってはいけないウォーキング (SB新書) -
やってはいけないウォーキング (SB新書) -  2016.1

店頭でみて思わず買う。実はこの3年位、土日の朝は2kmくらいウォーキングをしている。しかもだんだん朝起きるのが早くなって、特に夏など4時代に眼が覚め、太陽が昇る前の、ひんやりした白々と空けようとする朝霧の中を歩くのがとても気持ちいいい、と感じていた。

しかし、朝起きてすぐ歩くのはイケナイと書いてある。血がどろどろ状態なのだそうだ。スポーツ大会でも記録を出すために決勝は夕方行うのだそうだ。それは何故か、体温なのだという。体温は朝起きた時からだんだん上がって夕方ピークになる。そして筋肉の活動は体温が高い方がよく働くのだそうだ。なので、健康ウォーキングもなるべくなら夕方、それが難しい場合は、少なくとも朝起きてから1時間は経ってからするのがいいそうだ。で、時間も20分でいいそう。

以後この教えのとおり、1時間たってから20分歩いている。この20分もとても実行しやすい。前は30分は歩かないと、と思っていたがけっこう大変。10分の違いだが20分はすぐ経つ。
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2015年08月15日

べにや長谷川商店の豆図鑑

べにや長谷川商店の豆図鑑 -
べにや長谷川商店の豆図鑑 -  2015.2 自由国民社

最近、煮豆にはまっている。夜水に漬けて次の日煮る。前に買ったストウブ鍋で煮るとけっこううまくできる。大正金時、うずら豆、白いんげん、小豆、レンズ豆などいろいろやってみたが、赤い大正金時を甘く煮たのに落ち着いた。この本はスーパーの豆コーナーにあった。この本で、豆にも分類があり、インゲンマメ属、ダイズ属、ササゲ属などに分かれることが分かった。豆も地域によってほんとうにいろいろなものがあり、写真をみているだけで楽しくなってくる。しかし1728円は高い。3度目くらいで買いました。

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2014年01月28日

小林カツ代さん

小林カツ代さんが亡くなった。テレビで写真入りで報道され、亡くなったのは悲しいけど、ホラ、ちゃんとニュースになるんだぞと誇りたい気持ちだ。病気療養中と聞いていたが年齢はまだ76歳。2005年に脳溢血というからほんとに残念だ。まだまだ料理を公開して欲しかった。小林さんの本は「働く女性の急げや急げ料理集」「楽しておいしいものばかり」などスピード料理でお世話になった。ほんと、お世話になったのだ。その中でもナンバー1は、「楽しておいしいものばかり」に載っている「ローストビーフ丼」である。ローストビーフと言っていいかどうか知らないが、牛ステーキ肉・・これは好みで脂身の少ないもも肉をバターと塩コショウでササっとフライパンで焼いて、すぐにニンニクのスライスを入れた醤油の中に漬け込み、2,3ミリの薄切りにして、アサツキの小口切りをご飯に載せ、肉を載せ、最後にその醤油汁をまぶせばできあがり。これがすごくおいしいのだ。
小林カツ代のらくしておいしいものばかり
―自分の時間もほしいから [単行本] / 小林 カツ代 ...
 1993.8

「働く女性の急げや急げ料理集」とあとカラー無しでレシピが載っているのを2,3冊買った。これが料理にまつわるエッセイなども書いてあり、子供が男女の年子であること、大阪の商家の生まれであること、たまにはカツ代氏もへこむことがあり、そういう時はクレープをゆっくりと何枚も何枚も焼く、なんてことが書いてあった。なので彗星のごとくケンタロウが現れた時は、ああ、本に書いてあったあの子がこんなになったのかと驚いたものだ。

ちょうどケンタロウが現れた時は自分の子供が高校生になった時で弁当作りに四苦八苦してた時。
「ドーンと元気弁当」が出た。これは受けた。この中の「薄切り牛肉の塩コショウバター焼き醤油味」はよく作ったし今でも作っている。ケンタロウさんも交通事故にあってしまい、復活を祈るところだ。
ドーンと元気弁当―食べざかり、伸びざかりに [単行本] / 小林 ケンタロウ (著); 文化出版局 (刊) 1998.5





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2013年01月12日

質問力~話し上手はここがちがう(齊藤孝)

質問力 ちくま文庫(さ-28-1) [文庫] / 斎藤 孝 (著); 筑摩書房 (刊)
2006文庫(2003単行本)

私的な場面、仕事でと、いい会話をしたいと思う。波長が合えばどんどん話題は広がりそれは楽しい時間を過ごせる。特にこの本では仕事の場面で、インタビュー、雑誌などにのせる対談の例を多数あげ、そのツボを紹介しています。ラジオ番組は二人で会話しながら進むのが多いけど、この本を読んで、ああ、ラジオの人たちってすごいな、と今までなにげなく聞き流してたしゃべりのプロたちを改めて注目してます。

初めて合う人とどれだけ短い時間で濃密な会話ができるか、は仕事で日々求められる。それは「段取り力」と「コミュニケーション力」でそれに「まねる力」を合わせた3つがポイントだという。そのコミュニケーションに必要なのがこの「質問力」だという。たしかに会話して楽しい人は、ぺらぺらしゃべらないけど、こっちがしゃべりたい事をうまく質問してくれる。

「うなづき」「言い換え」「オウム返しの技」それで相手を引っ張る。さらに相手との共通点を見出だして、相手の苦労に共感する。具体的な話と抽象的な話をつなぐ。きちんと相手のはなしを聴き、その中のキーワードで質問する。村上龍や黒柳徹子、さらにアレックス・ヘイリーを最後にあげ、ヘイリー氏のほとんど短い質問だけで成り立っているインタビューでマイルス・デイビスやモハメド・アリなどから人種観をみごとにひきだす例を紹介している。

あとは相手の好きなものを把握しておいてそれを質問する。最近の小学低学年は名前と自分の好きなものは何何です、とかいた名刺をつくり「自己紹介ごっこ」をして友達ずくりの学習をするのだそうだが、まさにそれだ。

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段取り力~「うまくいく」人はここがちがう(齊藤孝)

段取り力―「うまくいく人」はここがちがう (ちくま文庫) [文庫] / 斎藤 孝 (著); 筑摩書房 (刊) 
文庫2006(単行本2003)

人の能力はそれほど違わない。差が出るのは段取りのいい人と悪い人がいるだけだ、という最初の一行で、これは我が子に読ませたいと思い購入。今からでも遅くないと思ったのです。読んでくうちに、子供については、何か相談されたら、「あのね、物事は段どりが大事なんだよ」と言うにとどめ、まずは自分の仕事に応用すべきと悟りました。・・最近どうも波にのらないのです。

思えば、勉強、家事、仕事、すべて段どりで決まるのかも。段どりとは、物事を進める上での「枠づくり」と言えそうです。その枠も可変可能な遊びの部分も作っておくのがミソ。

メモ p138 *3の力~「書くための段取り」の章にあるのですが、たいていの商品は3種類。例えば洋服もSML。斎藤氏おなじみの三色ボールペンも、重要・まあ重要・自分にとって面白い、の三種類に分け本や資料を読む方法です。

メモ2 p144 *仕事の段取り~90分単位で一日を分ける。だらだら仕事をしていると切迫感がないので、例えば1日12時間仕事を(ここらへん8時間と言わないところが斎藤氏)するとして最初の5時間はサボッてしまう。なるほどそうです。あとはフォーマットを作る。・・確かに同じ仕事も2回目、2年目は効率よくできる。

メモ3 p202 大枠と小枠。最終理想とそのための小素材。p178優先順位をつける。~できるもの、重要なものからやる。やる順番を自分なりに優先順位をつけて入れ替える。例・テスト問題でできるものからやる。1問目ができないと点が取れない。

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2012年11月23日

コメント力~「できる人」はここがちがう(齋藤孝)

コメント力―「できる人」はここがちがう (ちくま文庫) [文庫] / 齋藤 孝 (著); 筑摩書房 (刊) 2007.6(2012.4第2刷)

テレビでおなじみの齋藤孝教授。著書もはんぱでないが初めて読んでみた。本屋の正面に「コメント力」「段取り力」「質問力」が3つ並んでた。ぱらぱらめくるとどれもなるほどと思い3冊買ってしまいました。まずは「コメント力」です。

コメントとはただの発言、会話ではなく相手が話した事や、映画・演劇・音楽を鑑賞した後、事件のあった後などに、一言、ふた事言う切れ味のいい発言のことを指すそうです。おおむね外国人は例えばアカデミー賞の授賞式など、気のきいた受賞の言葉を言うのに、日本人はなかなかできない。だがコメントは今や日常生活には必須。TVのゲストタレントはもとより面接、社内での会話、家族の中でも重要。ということでコメント力をつけるために齋藤先生が秘伝を伝授。

気のきいたコメントとは、物事を整理して、しかし自分なりの鋭い見方をして、本質をついた言葉で言い表す、ということ。しかしコメントを発するタイミングも大切で、求められたらその場で答えることが肝心。あとでゆっくり考えて、ではだめ。そのためには会話の途中から考えていることも大切。会議には必須ですねこれ。またコメントとは本来全体を要約することだが、それが難しい場合自分の立ち位置~素人としてか、専門家としてか~を認識するとよい。・・等々。

これを読んでのち、このブログを書くのにちょっと引けてしまいました。このブログは自分で読んでおもしろかったものを紹介し、じゃあ読んでみるか、買ってみるか、と思わせることが目的なのです。それには気のきいたコメントが肝心なのですよね。というわけで、コメント力・・読んでるうちはふむふむと分かったつもりになるのですが・・読むハナから抜けていき・・ 精進します。
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2012年10月21日

放射線医が語る被ばくと発がんの真実(中川恵一著)

放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書) [新書] / 中川 恵一 (著); ベストセラーズ (刊) 2012.1

地震による原発事故以来、生活にいろいろな影響を及ぼしている放射能。いくぶん落ち着いてきたかにもみえるが、いまだ故郷に帰れない人もたくさんいるし、ものすごく敏感な反応を示す人とそうでもない人がいて、本当のところはどうなのか?と思っていたが、書店でこの本をみつけ読んでみた。放射能に関したくさんの本が出ていたが初めて手に取る気になった本だ。それは題名から、事故での放射能の身体的影響はどれくらいあるのか?という疑問に答えてくれそうな気がしたからだ。言いかえればさほど気にすることではない、というのを言ってほしい、それを活字で確認できるのでは?という期待からだ。

放射能を気にして故郷を離れ西に移住したとか、そういう行動をとるのは「正確な情報の欠如」からだという著者。身体的影響はむしろ、環境の変化などのストレスなどの方が大きいとも言う。ヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどの特性、半減期などをわかりやすく解説し、広島・長崎・チェルノブイリの例も交え、身体的への影響はどうなのか?を解説している。放射能問題とは「がんになるかどうか」だと言う。身体に影響のある基準値に対して、いろいろな考えがあるようだが、そして残土処理の問題は解決していないが、基準値に対して著者は現在の状況は安全だと言っている、と受け止めた。もちろんリスクがゼロではなく、除染は必要だし含有率の高くなりがちな山菜やきのこは避けるなどの方策は必要だが、リスクと折り合いをつけつつ生活を平常に戻す必要性がある、と言っている。放射能の流れの図上でまさに風にながれた辺縁に住んでいるのだが、ほとんど無頓着に生活していて、まあいいではないの、というのを確認した状態。しかし同じこの本を読んでも、安全を確認したいと思って読む人と、いや危険だろうと思って読む人とでは読後感はちがうだろう。
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2012年08月16日

映画は父を殺すためにある(島田裕巳)

映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方 (ちくま文庫) [文庫] / 島田 裕巳 (著); 筑摩書房 (刊) 2012.5(1995単行本)

通過儀礼・・人生の節目を迎えある状態から別の状態へ移るのを確認するための儀式・・という観点から映画を見る。「ローマの休日」「スタンド・バイ・ミー」そして小津、黒沢、寅さん、宮崎映画までとりあげている。

通過儀礼は成人、結婚、葬式に代表されるが、分離、移業(試練)、結合(統合)を経るという。成人においては、親の懐から離れ、厳しい試練を課され突破して初めて大人の仲間入りができる。

「ローマの休日」ではヘプバーン演じるアン王女が分離(王室からの逃亡)、移業(髪を切る、街中での経験)を経て、王女としての自分を受け入れる(統合)、という通過儀礼の様相が見事に描かれているという。また「スタンド・バイ・ミー」も、死体探しで街を離れ、レールに沿って歩くことで試練を経て、また街へ戻り一皮むけた自分になる、とい通過儀礼の王道が描かれているという。また戻る場合は別の道を戻るのも定例だという。

「東京物語」では老夫婦が人生をまっとうするための準備の旅と読めるという。

物語を進める際に、序・破・急、という手法があるが、それが、分離・移業・統合、ということに置き換えられるのか、と思った。ただ、寅さんや多くの日本映画・文学は外国のそれと較べて試練を突破する、という描かれ方ではなく、ひとつの経験を経てゆるやかに変化し成熟の過程を辿る描き方が多いという。

単行本時の題名が「ローマで王女が知ったこと」であるが今回改名して「映画は父を殺すためにある」という題に。父を殺す、という”通過儀礼”のダイレクトな題にしたことで購買意欲をそそることに成功している。これまで自分では気づかなかった見方でなかなかおもしろかった。また島田氏はこんな映画をみてるのか、とより近親感が湧いた。
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2012年02月18日

相性(三浦友和)

相性 [単行本] / 三浦 友和 (著); 小学館 (刊) 2011.11.14

なんだかんだ言って自分にとって百恵ちゃんは気になる存在なのかも。そしてその夫も。
ひら積みになっているのを本屋2軒で読みました。3丁目の夕陽のお医者さんはなかなかいい味でてるんじゃないでしょうか。自分より妻の方が大きい場合、収入、学力、家柄、社会的地位、うまくいかない場合がありますが、三浦友和はふっきれているのか、結婚の時も百恵ちゃんのスターとしての仕事は続けるべきだ、と思ってたようです。いまだに○○の夫、として語られがちな彼ですが、山梨、東京下町、多摩と移り住んだ少年時代のことなど、おもしろかったです。ということは○○の夫ではなくなってるのかもしれません。特に高校時代、いつも同じバスに乗る「栗原くん」こと忌野清志郎とのエピソードは興味深かったです。と、ここでも○○の友人、としての興味になってしまうのかなあ。いやいや、一時収入の少なかった時、救世主になったのは洋服のアオヤマだったと、けろっと語ったり、恋愛時代、共演作での撮影すなわちデートだった、とさらっと語るあたり、うーん、やっばりこのお二人、ほんとに相性がいいんだなあ、と幸せであろう百恵さんにほっとするのであります。
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2012年02月17日

私の渡世日記(高峰秀子)

わたしの渡世日記〈上〉 (新潮文庫) [文庫] / 高峰 秀子 (著); 新潮社 (刊) 上巻 初刊は昭和51年

店頭で表紙が見えるように展示されていた。なんとかわいいお子ではないか。思わず手に取る。この本は昔図書館で映画の棚にあって、その隣に「コットンが好き」とか同じ著者の本が何冊かあって、ああこの人は映画の他にもエッセイなんか書く人なんだ、というのは知っていた。しかし肝心の俳優業となると、高峰三枝子と混同したりしてよく知らなかったのだ。夫の松山善三は確か昔コーヒーのCMに出ていた気がする。

でぱらぱら読み始めてみると、なんと大正の生まれで親と同世代。5歳の時から子役をやり、養母に育てられとなにか波乱万丈。昭和30年に結婚したところで終っており、書かれてることがそのまま昭和の映画史になっている。彼女の出た映画は「宗方姉妹」をみているのだが、見た目当てが小津監督だ、という観点でのものだったので、あまり印象にないのだが文章はおもしろい。10歳頃、東海林太郎夫妻の養女となり母子で東海林家にいたなどという事も書かれる。

なにしろ5歳から映画界にいる。昭和初年の映画黎明期から、戦後の全盛期まで、自分の人生でのかかわった人イコール映画界の人、であり実名で書かれてるので映画史として非常に興味深い。日本の三大美人は入江たか子・原節子・山田五十鈴と書かれていたので、なにか嬉しくなった。田中絹代の鎌倉の家に行き、洋服をもらったが、あっというまに背がのびてしまい着られなくなってしまったとか、華族出身の入江たか子に洋服を縫ってもらったとか、おもしろいエピソードも。

小津映画に出た時、緊張で震えたが、なんと笠智衆の手をみたら彼の手も震えていたとか、かかわった監督とのその性格の違いなどもとても興味深い。

しかし子供のころから監督などが食事に連れて行ってくれる日常とか、大人になって谷崎潤一郎、梅原龍三郎(そういえば近代美術館で彼女のイスに座った絵を見たことがあったが、そのエピソードも語られている)、新村出、など経済界の人とのかかわりが多くなる後半にきて少し辟易してきた。

しかし映画界内部から見た映画界、という点で価値があるだろう。

わたしの渡世日記〈下〉 (新潮文庫) [文庫] / 高峰 秀子 (著); 新潮社 (刊)
下巻
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2012年02月16日

大往生したけりゃ医療とかかわるな(中村仁一)

大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書) [新書] / 中村 仁一 (著); 幻冬舎 (刊) 2012.1.28

副題 自然死のすすめ
新聞に大きく載った広告の文字を見て思わず購入。
”死ぬのはガンに限る。ただし、治療はせずに”
”介護の拷問を受けないと死なせてもらえない”
”食べないから死ぬのではない、「死に時」が来たから食べないのだ”
”がんはあの世からのお迎えの使者”
”年寄りはどこか具合の悪いのが正常”
”人は生きてきたように死ぬ”
”早期発見の不幸、手遅れの幸せ”

どうです、この刺激的な見出し。これが新聞に踊っていたのです。
著者は特別養護老人ホーム付きの医者。日ごろ多くの老人と接してきた経験から導き出た考えのようです。若い人の健康法の本ではなく、たとえば5,60代の人が、いよいよ死亡適齢期を迎えた老親をいかに看取るか、あるいは、正にそのご本人様がお読みになり、心安らかに?往生できるようになる本といえます。著者が経験した、高齢でみつかるガンはほとんど痛みがないそうです。高齢になったら”検診断ち”をしてすっきり過ごし、充実度の高い生活を送る生活も紹介しています。

フランスでは、食事を自ら食べられなくなったら、スプーンで食べさせるとか、そういうことはしないのだそうです。まさに「死に時が来たから食べない」との考えです。

定年後の60代は人生のゴールデンエイジではないかと感じるこの頃。70歳までは健康に生きたい。70代は迷うところですが、80を過ぎたら、神様の贈り物と考えようと、今は思っています。

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2012年02月15日

甘い物は脳に悪い(笠井奈津子)

甘い物は脳に悪い (幻冬舎新書) [新書] / 笠井 奈津子 (著); 幻冬舎 (刊) 2011.9.30

タイトルにひかれ購入。大好きな甘いものはいけない、というのだ。しかも目次を見ると、疲れた時のコーヒーもいけない、と書いてある。

なぜ甘いものがいけないのかというと、甘いものを食べると、急激に血糖値が上がり、一時的に疲れが取れたような気分になるが、急激な血糖値の上昇は体に負担になり、血糖値を抑えるために膵臓からインスリンが分泌され、血糖値を下げる。その結果、甘いものを食べる前よりも血糖値が下がってしまい、集中力が無くなりよけいに疲れを感じる、のだそう。

なので、仕事で疲れて気分転換したい時は、たんぱく質をとればいいのだそう。ゆで卵、枝豆、冷ややっこ、などだとか。しかしこれ、机で食べられるものかい? 植木屋さんの3時のおやつも、まんじゅうはまずかったのか?

でコーヒーは、言及してるのは深夜のコーヒー。コーヒーは利尿作用があり、深夜に飲むと覚醒作用はあるが、体内の水分が減ってだるくなるので、よくないのだそう。深夜には水だそうです。

朝食は必ずとり、時間がなければ、ビタミンCをとれるくだものがいいそう。このビタミンCは疲れをとる作用がり、パソコンでの疲れにもビタミンCだそう。

ぼけ防止にはレシチン。これは卵の黄身、大豆、レバー、小魚、うなぎ、だそう。

結局、一言で言うと、バランスよい食事をセヨ、ということです。

香川式の4点をバランスよく。主食(穀物)、主菜(肉魚)、副菜(野菜)、汁。炭水化物、たんぱく質、ビタミンC、ビタミンB、鉄分、がとれるんだそうです。

この4点食事法、昔、やせようとして読んだ本に書いてあった。タイトルの勝利の本でありましょう。しかし朝食には果物をとるようにした、感化されやすい自分でありました。

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2011年08月26日

スター・クレージー(中野翠)

スター・クレージー〈男優編〉 [単行本] / 中野 翠 (著); 河出書房新社 1990 (刊)

スター・クレージー〈女優編〉 [単行本] / 中野 翠 (著); 河出書房新社 1990(刊)

中野翠の本を何冊か図書館から借りて読んでみました。
写真で見る彼女の外見はやせてる。なのであまりイロコイは語らない、などと単純に想像してたのですが、男と女の洞察はなかなかに鋭い。この「スター・クレージ」は男優篇、女優編と分かれていて、出演した映画を軸に俳優の魅力、あるいは魅力でない部分を語っています。しかしそこは翠流なのであくまで、コレは私の感じたことだけどね、という軽さがあります。

その中でハッとした部分をいくつか。「ワーキング・ガール」でのシガニー・ウィーバーを引き合いに、中野にとっての「知性」とはどれだけ自分に冷やかになれるか、どれだけ自分を笑えるか、と言い放つ。なるほど、そうかも。「ナイン・ハーフ」でのキム・ベイシンガーでは、女は性の奴隷願望をもっている、と言い放つ。女は分別を失い官能だけのイキモノになってみたいと思っているとのたまう。でこれはシュワちゃんの考察のページで表裏一体となっていて、「男優篇」の中で、アーノルド・シュワルツネッガーに一度でいいから襲われたりなんかして、「アレエ~~」なんか叫んで、こきざみに身を震わせたりなんかしてみたい。とのたまう。でも強そうな男に女が惹かれるのは、子孫繁栄の本能ーメスは強そうなオスを選ぶ、というのではないというのだ。それは「女のナルシズム」のせいだという。マッチョが相手なら、どんな女でも自分をかよわい女と思いこめ、女は自動的に古風な女らしさのファンタジーにひたれるという。そーか、かの翠女史でさえこのお姫様願望はあって、でもそれはナルシズムだったのか。ナルシズムだとすると、弱いとみせかけ、実は自分が一番だからね。

この女のナルシズムに対して、「フルメタル・ジャケット」は、これは戦争を題材にして男(人間のオス)というものの醜悪さ野蛮さ、そして悲しさのすべてが徹底的に、むき出しの形で描かれてるので、「男のほんとうの姿を知りたい」という女の子は絶対に見に行くべきだとおっしゃってます。このフルメタル・ジャケットは「完全被甲弾」という弾丸のことで、軍隊での訓練が「くそ」「けつ」「おかま」など下半身言葉の大氾濫で人間改造し、フルメタル・ジャケットそのものにしてしまう。で弾丸には男性のシンボルをイメージさせて、性意識の側面から戦争心理にアプローチしているという。この男だけの集団、永遠に理解不能な世界。明日の選挙もおじさんのおじさんによるおじさんのためのセイジって感じだもんね。

巻末にイラストの石川三千子さんとの電話対談が載っていて言いたい放題してます。

ぺこぺこ映画日記―1993‐2002 [単行本] / 中野 翠 (著); 講談社 (刊) 続けてこれは題名どおり、雑誌に連載された93年から2002年に見た映画の観賞日記をまとめたもの。どえらい本数をご覧になってます。この年代は自分でも映画館に行って映画を見てた時代だったので、ああ、見た見たというのがあります。中野サン、メリル・ストリープとジュリエット・ビノシュがあまり好みでないよう。メリル・ストリープはなんだろう、あの頬骨がいけないのか、彼女のいう感覚ちょっとわかります。

おみごと手帖 [単行本] / 中野 翠 (著); 毎日新聞社 (刊) 続いて「おみごと手帳」これはサンデー毎日に連載コラムを本にしたもの。文春の林真理子、毎日の中野翠か。社会事象に対するコメントだが、林真理子とは空気が違う。どちらも面白いけど、林真理子は水の中にどっぷりつかって水かきしてるのに対し、中野翠は水面上をアメンボみたいにすべってるイメージだ。
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2011年05月08日

津波災害~減災社会を築く(河田惠昭著)

津波災害――減災社会を築く (岩波新書) [新書] / 河田 惠昭 (著); 岩波書店 (刊) 2010.12.17刊

なんと今回の地震の3ヶ月前の出版である。
吉村氏の本は小説家の目から見た津波であったが、こちらは津波防災研究の専門家のもの。

津波の種類で近海の地震によるものとチリなどの遠方の津波の違い、津波の発生と伝わり方のメカニズム、古文書に見られる過去の事例、防災避難への対策を説いている。また「津波は引き波から」とか「ゆれが小さいと津波はこない」などの伝承が正しいかどうか、などを検証している。・・これはある場合にはあてはまり、そうでない場合もある、ということで伝承に捕らわれてはいけないとしている。それほど、津波は時と場所で状況が異なるということらしい。

で、この本を出すきかっけだが、2010年2月27日に発生したチリ沖地震津波で、わが国で168万人対象に避難指示が出たにもかかわらず、実際に逃げた人が3.8%だった、という事実に危機感を覚えたためと最初に記している。このままでは大災害が起きる、被害を防ぐには、津波のメカニズムを知り、それを「避難」という行動に結びつけなければならない、そのためにこの本を書いたとある。津波は「避難すれば助かる」のだと読者に伝えたいとある。・・・避難すれば、高い所に、ということであるが、今回の津波の動画を見ていると、ほんとにグラっときたらすぐに行動を起こさないといけないんだなあ、という気がする。しかし著者も今回、ここまでのものは想像できなかったのでは。それほど自然の驚異はすごいんだ、ということを逆に教えてくれる。

また古文書にみられる時代を追っての事例をみると、事例研究も大切だなあという気がする。そして忘れてはいけない、ということ。

これは吉村氏の本を買った本屋に無かったので、少し遠くの県内では一番大きい本屋で買った。しかし普通の岩波新書の所に普通に置かれていた。別に震災コーナーも作ってあったのだがそこには無かった。あるいはそこに置いといたのだがそこでは売り切れていたのか。。 これも吉村氏の本と同じようにひら積みにしていい。
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2011年02月13日

セゾン文化は何を夢見た(永江朗)

シュルレアリズムとの出会いは西武美術館の「マックス・エルンスト展」と前の記事に書いたが、70年代後半、池袋の西武美術館にはよく行った。

そんななか、1ヶ月ほど前に読んだのがこの本。20代をセゾングループの一員として過ごした著者による「セゾン文化は何を夢見た」

セゾン文化は何を夢みた [単行本] / 永江 朗 (著); 朝日新聞出版 (刊) 2010.9 朝日新聞出版

著者は77年に大学に入り、81年に大学を卒業して、西武美術館をやっている「ニューアート西武」に勤め、アール・ヴィアンなどにたずわわる。いわば内側からみた西武の美術館事業である。内側からといっても一職員と上層部と経営者とでは構図は違ってくるわけで、トップの堤清二、など文化、広告、ブックセンター、アール・ヴィヴァンの上層の人たちにインタビューという形でまとめてある。
見返しにモナリザのシャッターが写っている。これは地下通路にあったものじゃないかな。今もこの図柄なのか。

私の学生時代、下宿から池袋へは歩いて30分、ちょっと時間があると一人で遊びに行く場所だった。遊ぶといっても行くのは西武デパートとパルコである。75年4月に大学に入学した時、入間市に住んでるクラスメイトが私を改装中の池袋西武に連れて行ってくれた。その友人が「西武って昔はすごく田舎くさい店だったんだよ」と言ったのを覚えている。彼女にしても狭山丘陵の田舎から西武新宿線で池袋に買い物にきていたのにちがいない。また下落合に住んでた泉麻人も同様のことを書いている。しかし工事が終え、西武は新しくなった。そこには田舎者にはまぶしい、楽しいぴかぴかした世界が出現していた。服と雑貨をながめ、本屋に寄って、最後に地下の通路の店でフランクフルトソーセージとあつあつのチーズドックにハチミツをつけて食べて帰るのが常だった。おととしだったか何十年かぶりに通るとその店は無くなり、副都心線開通に伴ってかしらないが、新しく地下街が広がり、そこにチーズドックの店を見つけた。しかし、かけ放題だったハチミツは、一袋何円かで有料だった。ああ、時代は変わった。

・・ともあれ、当時パルコには三省堂が入っていたように思う。そして西武はある日、本屋がでーんと大きくなり、そして隅の方に行くと詩がたくさん置いてあるコーナーがあり、美術館のある階には当時環境ミュージックとか言われてたイーノとか、あまりメロディを覚えられない曲がかかっていて、見たこともないアーティストのレコードが置いてあった。静かで、コーナーであって店という感じがしなかったのだが、これがこの「セゾン文化は何を夢見た」を読むと、「アール・ヴィヴァン」という店であった。

とにかく西武の11階、12階には非日常のとてもおもしろい世界があったのだ。

ともあれ、ごく普通に、当たり前として自分の目の前にあった「西武デパート」「西武美術館」「西武ブックセンター」の生い立ちが、ああ、そうだったのか、という驚き。西武デパートの事業計画でちょうど新装リニューアルなった75年に、まさに出くわしたという偶然に、越し方をなつかしんでしまった。その後90年ころに職場の人と軽井沢に旅行に行って、軽井沢のセゾン美術館にも行っている。軽井沢は池袋をもっと先鋭的にした趣だったが、グループ全体が変容していく時期だったのか。

「ポスト消費社会のゆくえ」上野千鶴子、辻井喬対談
ポスト消費社会のゆくえ (文春新書) [新書] / 辻井 喬, 上野 千鶴子 (著); 文藝春秋 (刊)
続けて「ポスト消費社会のゆくえ」も今読んでます。上野千鶴子と辻井喬氏(堤清二)の対談です。なぜに上野氏と思ったら、彼女は西武の社史を依頼されて書いていたのでした。

こちらはセゾングループの誕生から解体までを舌鋒鋭く、辻井氏に問い、辻井氏は素直に答えています。
辻井氏は西武デパートの最盛期は75年から82,3年くらいまでだと答えています。
客として、デパートにより雰囲気や品揃えが違うのは分かりますが、これを読むと、生い立ちと、発生年の古さによる違いが大きいのが分かります。高島屋や三越、伊勢丹など歴史の古い呉服屋系のデパートには追いつけなかったと語っています。


セゾン現代美術館
高輪美術館、西武美術館、セゾン美術館の来歴のページがある
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2010年01月17日

道はあとからついてくる(平山美知子)


道はあとからついてくる―「家計簿」にみる平山画伯家の足跡

道はあとからついてくる―「家計簿」にみる平山画伯家の足跡

  • 作者: 平山 美知子
  • 出版社/メーカー: 主婦と生活社
  • 発売日: 1997/12
  • メディア: 単行本




平山郁夫さんの訃報で思ったのが奥さん。かつて日経の「私の履歴書」に連載していた時、奥さんは芸大の同級生で卒業時奥さんが1番で自分は2番だった、と書いていた。そして結婚は6畳1間のアパートから始まり廊下で煮炊き、奥さんは筆を折り先生になって家計を助けてくれた、とあったのを覚えていた。というかその部分しか覚えていなかった。その後同じような夫婦のポロックの映画もみたりして、奥さんはどんな気持ちだったのかなあ、とずっと思っていたのだ。

でほどなくTVで10年位前に作られた平山郁夫氏の公私にわたるドキュメンタリーの再放送を見た。そこに出てきた奥さんを見て、ああ、平山氏は奥さんあっての平山郁夫だなあ、と強く感じた。それほど画面に出てきた奥さんは迫力があった。どちらかというとガッチリ型の体躯と眉の太さと目の大きさと丸顔がかなりインパクトあった。

で探してみるとこの本がみつかって読んでみた。結婚直後からの家計簿とメモをもとにした美知子夫人の回顧録なのだ。なんと子供は自分とおない年だった。昭和20年代後半に旧制最後の大学生として入学した二人。結婚前から郁夫氏は美知子夫人の家によく遊びに行っていた、とかコンパで郁夫氏は世話焼きだったとか、ああ、まるで違う両親の生活だなあ、と思う。

筆を折るのは、美知子夫人の言によると、媒酌を頼んだ前田青邨の「一家に二人の画家はうまくゆかない」ということで、「一番大切なもの=美智子夫人にとっての日本画、を捨てるなら得るものはきっと価値あるものだし、価値が生じるにちがいない」と思ったと書いてありました。見ようによっては子供に命を懸ける母親のようなもの、にも思えてきます。まあ結果的には価値があった、ということでめでたし、ということでしょうか。でも完全に絵をやめたわけではなく、日本画から版画に転向して制作は続けていたようです。

先週の日経、瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」では平山郁夫さんでした。非常に紳士的な方でと書いたあとで、やはり奥さんが筆を折ったことと、1番だったことをぶしつけにも聞いたら郁夫氏は笑って「そりゃうまかったけど僕よりうまいとはねえ」という答えだったと書いてありました。そして瀬戸内さんが「それほど平山さんが魅力的だったわけですね」というと「そういうことです」と泰然とおっしゃったと。

美知子夫人は「太陽がいっぱい」を映画館で二人で見て、アランドロンがどこかで見たことがある、と思ったら隣にいる郁夫だった、などと書いています。実際若い頃の郁夫氏はけっこうやさ男の風貌です。

昭和25年から35年あたり、二人の生活に映画館で映画を見る、というのが日常であったのなんかも分かり、語られる日本映画の隆盛は臨場感をもってきます。


平山郁夫・絹の道から大和へ―私の仕事と人生 (講談社カルチャーブックス)

平山郁夫・絹の道から大和へ―私の仕事と人生 (講談社カルチャーブックス)

  • 作者: 平山 郁夫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: 単行本



図書館でいっしょにあったのが、今度は郁夫氏の筆になるこの本。こちらには郁夫氏からみた生活が書いてありますが、大筋では同じでも各所微妙に違っています。しかしこれを読んで氏の絵に対する心が初めてわかりました。今までは何かホトケサマが書いてある退屈な絵、と感じていたのですが、広島での被爆が原点にあり、そこから生きる道として、また画題として仏教にたどり着くまでが初めて分かり、今度は平山氏の絵がとても生き生きと感じだしました。


posted by simadasu.rose at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・その他ジャンル | 更新情報をチェックする
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