2017年06月21日

そこに僕はいた(辻仁成)

そこに僕はいた (新潮文庫) -
そこに僕はいた (新潮文庫) -  (初版は1992.2角川書店)

小学生から高校生までの18の出来事を綴る。父親の転勤に伴い福岡、帯広、函館と転校した辻氏、それぞれの地にそれぞれの出会いと出来事があり、語られる友と大人とそして僕は、セピア色の世界で実に生き生きとして、実に個性的。

辻氏は転校生であったが、また転校生もやってきて去って行った。鹿児島弁だったり壱岐島から来たり。また友達の家に行けば、「あんひとはゴサイやけん」と言われ家に帰って母親に「ゴサイ」の意味を尋ねたり、”不思議なことに黒沢のお母さんは家の中でも化粧をしていた”が、ほどなく黒沢の両親は離婚し黒沢は転校してしまった・・ などと子供からみた大人もなにか大人の事情が垣間見える描写だ。

「新聞少年の歌」と書名の「そこに僕はいた」は中学1年の教科書にも載ったようだ。どちらも小学校の中学年の頃の話だから昭和40年代前半の話。新聞少年と、右足が義足のあーちゃんの話。どちらも辻氏には未知の経験をしている少年と遊び仲間のあーちゃん。その理解できない部分の辻氏の心理描写が秀逸だ。「海峡の光」で書かれる私の心理描写とも通じるものを感じる。国語の時間には先生は「この時僕やあーちゃんはなんて思ったのか?」なんて授業で聞いたりテストに出したかも。

僕の記憶の福岡、帯広、函館と、辻氏手書きの絵地図が載っている。


そこに君がいた (新潮文庫) -
そこに君がいた (新潮文庫) -  2002.7

続けてこの「そこに君がいた」も読んだ。これも小中高のエピソードを書いたもの。これは平成6年にベネッセの学習誌「チャレンジ」に1年間同題で連載されたものに書き下ろしを加えたもの。何年生のチャレンジ連載かわからないが、従ってチャレンジの読者のおそらく小学校高学年、中学生あたりに向けたと思われる文体だ。

「そこに僕はいた」にも登場した社宅の隣の読書家のヨーちゃんも登場するが、悲しい結末だ。


音楽が終わった夜に (新潮文庫) -
音楽が終わった夜に (新潮文庫) -  (初版は1996.8マガジンハウス刊)

こちらは辻氏の結成したクバンド、エコーズの結成前夜から解散まで、バンド仲間、音楽についての思いを語る。大学時代のアルバイト先のジーパン屋でのバンド仲間との出会いのエピソードがおもしろい。70年代末から80年代のロックシーン、バンドブーム以前のアンダーグラウンドと言っていいか、ルイードやロフトやアシベなどのライブハウス出演の裏事情など興味深い。エコーズ、名前は知っていたが実は音を聞いたことが無い。これを読むと大阪厚生年金会館とか全国でコンサートをしていたようだ。しかも「そこに僕はいた」にも登場する弟がマネージャーになっていた。

また、小説家の奥泉光さんとブルースバンドを組んだ話が出てきた。それでなんと部屋の整理をしていたら、奥泉氏の「その言葉を」の文庫本が出てきた。
posted by simadasu.rose at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

海峡の光(辻仁成)

海峡の光 (新潮文庫) -
海峡の光 (新潮文庫) -  1997.2

「函館物語」に続いて「海峡の光」も読んでみた。

青函連絡船乗務員だった私は連絡船の廃止を前に刑務官へと転職し、そこでかつて私をいじめた優等生・花井を受刑者として迎える。刑務官と受刑者としての花井と私、交差するように小学5年から6年のいじめの光景が浮かび上がる。18年前とあるので私は30歳位である。時は廃航迫る昭和63年。物語は私の独白で進行する。

エリートサラリーマンとなったが傷害事件で受刑中の花井、またかつて優等生の仮面の下の残酷さにも気づいていた私。監視する者と監視される者のはずなのに、やはり花井の言動に支配されてしまう私。昭和天皇の崩御による恩赦で出獄の決まった花井に、かつて自分が向けられた言葉「強くならなければだめだ」と言い放つと・・・ 結局花井の呪縛から私はのがれられなかったのか・・・

物語を覆うのは、函館の街の風であり、眼前にある函館山と函館湾、津軽海峡である。実際に函館に行ってきたので、花井と私のにらめっこや勤め場所が無くなる事態に遭遇した乗組員たちの葛藤、という人間の感情のほかに、函館山中腹の自宅から見る海と山、消沈している飲み屋街、父の遭難した函館山裏の今は廃村になってしまった寒川村沖、という函館の地理が生命を持っているように感じる。この、街の息遣いこそ「海峡の光」の魅力であり読後の静かな余韻であると感じた。

そして、「そこに僕はいた」「そこに君はいた」などのエッセイを読むと、父親の転勤で福岡、帯広、函館と社宅住まいで転校した辻氏は、この物語の花井でもあり、函館に生まれ育った私も著者の分身であるように感じた。
posted by simadasu.rose at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

函館物語(辻仁成)

函館物語 (集英社文庫) -
函館物語 (集英社文庫) -  1996.1

4月に函館に旅行した。北海道新幹線で1泊だったが、五稜郭、函館山、青函連絡船の摩周丸、坂の教会群と、とても濃い2日間だった。2日め摩周丸見学の時この「函館物語」が置いてあった。摩周丸の後、教会群を見学していると坂の途中で「函館西高校」の看板?に出くわし長い坂を上がった上に校舎が見えた。その時これは辻仁成の出身校か?と思い帰って検索してみると果たしてそうで、さらに北島三郎も卒業生だった。

坂の教会群と昔の造りの残る木の家が坂にかかっている感じが神戸と似てるなと思い、かれこれ40年近くも前に行ったその青春時代の感慨も呼び起こされ、あのあたり一帯の雰囲気がとても気に入ってしまった。それで函館に興味が湧き、さっそくこの「函館物語」を読んだというわけだ。

この本の著者後書きは1996年6月で、著者が1週間滞在した様子がかかれてあり「私だけが持っているハコダテという異界へと皆さんを連れ出すために本書は書かれた」とある。

氏は中学3年から高校3年までを過ごしているが生まれ年から計算すると昭和49年から52年までである。今回の滞在で4人の函館人と対談している。漁業から「おがっと」(陸に上がり)になり密魚監視員となった方、青函連絡船に終了1月前まで勤務していた方、老舗バー経営者、啄木研究家だ。

文中これまで函館を舞台の小説は「クラウディ」「母なる凪と父なる時化」「バッサジオ」「ニュートンの林檎」と書いてきてこれからも書くだろう、という一文があった。「海峡の光」が無いな、と思ったら海狭の光は1996年12月に発表され芥川賞を取ったのであった。

遅ればせながら「海峡の光」も続けて読んでみた。青函連絡船を降りて函館刑務所に勤める主人公が、かつての優等生であった同級生を受刑者として迎える話である。小学生時の二人と、船を降りて函館に生きる主人公の葛藤が、人口が減って往時の賑わいが無いという函館の街を下敷きにして、なんともいえない余韻の残る小説だった。

で、「海峡の光」は、この1週間の滞在での4人との対談に触発されて書かれたのでは?と思った。あるいは「海峡の光」のための取材旅行だったのかもしれない。

また、読みながら地図があったらよかったのに、と思ったのだが、これも氏は最初入れようと思ったが、読者に自ら足を運び確かめて函館を感じて欲しいということでやめたとあった。

しかし・・ 1995年刊のエッセイ「そこに僕はいた」には「ぼくの記憶の函館」として、氏直筆の手書きの地図があります。


posted by simadasu.rose at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

ファミリア創業者・坂野惇子(中野明)

ファミリア創業者 坂野惇子 - 「皇室御用達」をつくった主婦のソーレツ人生 -
ファミリア創業者 坂野惇子 - 「皇室御用達」をつくった主婦のソーレツ人生 -  2016.9

今期の朝ドラ、第1週の終りに見るとなにやら主人公は戦前のお屋敷のお嬢様だ。これじゃあ庶民感覚とずれて感情移入できないなあ、と思ったがなんと父親の会社はレナウンの大元になった会社と知って俄然興味が湧いて、さっそく関連本を読んでみた。残念ながらファミリアは名前は聞いたことがあるような気がするものの、子どもにはスーパーの安物しか着せなかった。3年前に孫のために買った産着は縫い目が外にあったからあるいはそれがファミリアだったか。

本は惇子を中心にファミリアの軌跡を要領よくまとめてある。これを読むとファミリアの成功は、本人たちの丁寧な商品作りとあいまって、いくつかの幸運が重なってできたものだというのが分かる。

まず、中心となる女性四人はいずれも裕福な生まれで、女学校時代に学校とは別に洋裁や絵画などを学んでいて腕に覚えがあった。中には既に洋裁を請け負っている者もいた。次に惇子は高級な生地を軽井沢の別荘に疎開させており、戦後の物資の無い時代にそれを活用できた。

そして人脈。ドラマにも出てくるが、父と父の会社の者と、お抱え靴屋と、それぞれの夫である。
まず第一には戦後になり「これからはお嬢様ではいけない、自分の力で仕事をし、一労働者になりなはれ」と助言した父の会社の尾上清の助言だ。そして父も、夫も妻や娘が働くことに賛成している。また他の3人の夫も賛成し、経理面などで最初から手伝っているのである。

最後には、軌道に乗せるまで、また乗った後の惇子たちの商品へのこだわりがファミリアを作ったといえる。

この夫たちの理解と、腕に覚えある四人の主婦、という点が重要だと思うのにまったくドラマでは描かれてないのでドラマを見る気が失せてしまった。なにより夫は店を始める前に帰還していて、夫が「いいじゃないか」と言っているのである。

坂野惇子 子ども服にこめた「愛」と「希望」 (中経の文庫) -
坂野惇子 子ども服にこめた「愛」と「希望」 (中経の文庫) -  こちらは歴史読本編集部編。上の本とほとんど内容が同じで言い回しまで同じところがあるが、コンパクトにまとまっている。


posted by simadasu.rose at 01:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

「暮らしの手帖」とわたし(大橋鎮子)

【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本) -  

本人89歳の時に、子ども時代、暮らしの手帖を始めて花森氏が亡くなるまでのことを書いた。ドラマよりこの本に書かれてる事実の方がシンプルて面白く、本物の鎮子さんの方がものすごくバイタリティーがある。

大正9年3月10日、東京麹町の病院で生まれている。父は岐阜県で生まれ深川の材木やの養子となり、北大に進学し、麻を作る会社に就職。母は京都で生まれ小樽で育ち、なんと女子美を出ている。北海道の工場長として赴任した鎮子の父と小樽で出会い結婚。父亡き後は財をなした母方祖父のおかげで学校を出たとある。

職歴も日本興業銀行の調査課で経済などと銀行内の資料を作る所に配属。同期には男性15人、女性が10人位いたとある。その後、もっと勉強がしたいと銀行をやめた先輩に刺激され、日本女子大に入学するが風邪をこじらせ結核のようになり半年で退学。で日本読書新聞に入る。日本読書新聞が日本出版文化協会の機関誌を作るようになったため日本出版文化協会に出向。そこで終戦。

出征していた男性も戻ったが、「使われていたのでは収入が少ない、今まで女で一つで私たち姉妹を育ててくれた母や祖父に恩返しをしたい、自分は戦争中の女学生であまり勉強もしていない、私の知らない事や、知りたい事を調べて出版したら、自分より上下5歳位の人が読んでくれるのでは」ということで雑誌作りを思い立つ。

で、花森氏の紹介を受け、その思いを話すと「僕は母親に孝行できなかったから、君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」とその日のうちに方向性が決まったとあります。また花森氏は「二度と戦争にならないよう、自分の暮らしを大切にするようにしたい、みんなにあったかい家庭があったら戦争にならなかったを思う」と語ったとある。なんと花森氏は大政翼賛会にいたのであった。ここが衣・食・住、あの暮らしの手帖の原点なんだ、あのどこかかたくなさを感じる誌面はここであった。
posted by simadasu.rose at 07:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月23日

君の膵臓をたべたい(住野よる)

君の膵臓をたべたい -
君の膵臓をたべたい -  2015.6

なにやら物騒な題名が店を入ったところに並べられていた。最初のページを読んでみるとクラスメイトの死から始まって、その男子高校生の独白の文体がとても興味をそそる。最初のページで、その男の子は、細身で、本好きで、クラスでもあまり人としゃべらず、机にじっと座って、帰宅部でと、とても好感をいだいてしまった。仕事が忙しくてこんな本読んでる場合じゃない、と思い2,3週間我慢していたが、この連休ならと買って読んでしまった。

オビには「涙」の文字、えい、その手に乗るものか、と思ったのだが最後に意に反して涙がでてきてしまった。もうじき還暦を迎えるというのに、読んでる最中は気分は高校生になっている。でもって後半はYOUTUBEで60年代から70年代のポップスを流しながら読んでしまった。

出てくるのは、余命いくばくもない女子高生桜良と、その秘密を知ってる僕とクラスメイトたち。なんというのだろう、僕の表現の「秘密を知ってるクラスメイトくん」とか「地味なクラスメイト」とか「仲良し」とかの主人公たちの現わし方がとても効果的だ。この僕と僕から見た桜良の心理描写だけで成り立っているようなものなのだが、僕の心理がなんともういういしい。

作者のプロフィールはよく分からないのだが、web上の作品が活字化されたもののようだ。
posted by simadasu.rose at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月23日

火曜クラブ(クリスティ)

火曜クラブ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) -
火曜クラブ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) -

BSのマープルにはまりこの短編集を読んでみた。マープルほか小説家で甥のレイモンド、女流画家、前警視総監、牧師、弁護士の6人がマープル宅に集まり自身の知っている事件を話し、それぞれが犯人を推理するというもの。1人1話で後半はメンバーが前警視総監、大佐夫妻、女優、セント・ミード・村の医者になっている。テレビではあまり目につかないのだが、マープルはセント・ミード村に住んでいてその村の出来事にひきつけて各人の語る事件の犯人を言い当てるのである。この短編を読んだことでよけいドラマがおもしろくなった。おいそれと年をとっているわけではない、身の回りの出来事に人生の機微があり、様々な人間の悲哀をその目の奥にためこんでいる、といったところがとてもおもしろいのだ。これは自分でも年をとったせいかもしれない。

ドラマの面白さは本と違って視覚的に舞台となるイギリスの村や屋敷や調度品、そして特に女性のファッションが目の当たりに示されるところだ。これはホームズのドラマも同じだ。で特にこの短編では、発表が1932年ということなのだが、物語の設定も同時代か。マープルはいわゆる上流階級に属している。「気の利かないメイド」「私たちの社会階層」などという言葉がよく出てくる。そこで「コンパニオン」という言葉が出てきた。これはここで初めて知った。どうも女主人の話し相手らしい。で調べて見ると「レディ・コンパニオン」といって「上流または富裕な女性に雇われ、そのお相手をする生まれ育ちの良い女性のこと。」らしい。

また、遺産相続の話も出てきて、遺産を相続できる相手と結婚できるか否かが事件のカギになっていたりもする。おりしもピケティ氏が「ゴリオ爺さん」で遺産のある相手との結婚で、資産と所得の歴史的見解を述べているが、この小説でも目の当たりにしたというわけだ。ゴリオ爺さん、読んでませんが爺さんの舞台は1819年のパリだそうで、この1930年のイギリスはまだ遺産があったということですか。なにかイギリス社会、特に階層社会に興味が湧いてきました。

アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 1 -
アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 1 -  今TVでやってるのはこのジェラルディン・マクイーワン。残念なことにこの1月にお亡くなりになったそうだ。

posted by simadasu.rose at 00:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月30日

ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー)

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) -
ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) -  村上春樹訳

BSのドラマを見て面白かったので、ドラマ2回目あたりで読んだ。ドラマでは浅野忠信演じる探偵と、綾野剛演じる男、二人の友情を頑なにまっとうせんとする二人の不器用な男はあくまでかっこよく、そして小雪はあくまでミステリアスに、このハードボイルドといわれる世界をどっぷり描いていた。

かたや原作の小説。ドラマとはいささか登場人物の印象はちがう。綾野演じたマーロウも小雪演じる妻のシルヴィアもえっ、そうだったの、とかっこよさは無い。マーロウだけは浅野の演じた探偵とタイプはいささか異なるが、ひとり私立の探偵業で生活の糧を得ている己の信念に基づく生活スタイルを貫く渋い男、であった。

また、英語の文体というのは、こうも物事を描くのに修飾、いや日本語とは発想がちがうんだな、というのを感じる世界が広がっていた。解説で村上春樹が「グレイト・ギャツッビー」との相似として、テリー・レノックスがギャツッビー、マーロウは語り手のニック・キャラウェイだと書いているが、それ以上に、ギャツビーと似た言い回し、文体を感じた。別な言い方をすれば回りくどい。ただ英語の小説がみんなそうかというと、つい最近読んだクリスティはそうでもないから、やはりチャンドラーの世界なのだろう。で、その長々とした文体がこの小説の魅力となり、探偵マーロウと渾然一体の世界を作っている。まあかっこいいセリフをマーロウに話させている。小道具はギムレットですね。p33、586、588

BS「ロング・グッドバイ」

posted by simadasu.rose at 02:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

昭和40年代ファン手帳(泉麻人)

昭和40年代ファン手帳 (中公新書ラクレ) -
昭和40年代ファン手帳 (中公新書ラクレ) -  2014.6.10発行

”同級生”泉麻人氏による編年体の昭和40年代への書き付け、メモ、思い出、エッセイ。この本の企画が、ホンモノの高校の同級生、石破茂氏との中央公論誌上での「同窓会」をテーマにした対談からだそうで、巻末に一部抜粋が載っている。高校2年時同じクラスだそうで、連日政府の弁明?をしている石破氏と、アサイ、イシハと呼び合いアイドル談義で盛り上がっている。これがまたおもしろい。なにか石破氏も身近に感じてきた。

昭和40年の1月から昭和49年の12月まで、同級生的には、小学2年の3学期から高校3年の2学期まで、1年につき7つ位のエピソードをもとに書かれている。ここは網羅性のある泉氏のこと、事柄については新聞縮刷版も参照し、なにより小学4年から6年まで毎日つけていたという日記も基になっている。なので日記が引用されているところはとてもリアルだ。東京新宿区と北関東の田舎という違いはあっても、小学生時分の出来事に対する感覚はそう違いは無い。酒びんのフタ集め、なんてのもが東京でも流行ってたとは知らなかった。6年の秋頃かと思っていたが44年始めとあり、さらに5/11付け朝日では「酒ブタ遊び、東京と近県の子供たちの間で大流行しているこの変わった遊び・・」と引用されていて氏は中学に入ってもまだ続いていたとあるが、私の小学校では少したつと禁止されピタッと終わってしまった記憶だ。また氏の住んでた中落合は学生時代の下宿先の下落合のすぐ隣とあってまた親近感が湧く。

大きく違うなと感じたのは中学生からだ。だいたい3年泉氏が先を行っている。泉氏は中学1年1学期から深夜放送を聴き始めているのだ。中間、期末の試験勉強で聴き始めたとあるが、自分は中3の三学期あたり高校受験の時からである。72年になり高校になるとかなり積極的に”外タレコンサート”に足を運び6月シカゴ、7月ELP、73年イエスと行っている。こちらは田舎で新聞のコンサート評を見て指をくわえて大学は絶対に”東京に”いかねばと決意を新たにしたのだ。おまけにディスコにも行っている。こういう付属の輩と大学で合流したわけだ。

同級生的には、まさに子供から青年、成長期である。これがこののちの10年単位となると、50年代、それ以後はあっというまのひとくくりだ。読む人の生年にもよるだろうが、定年もまじかなこの時期に回顧する40年代=成長期、なんとセピア色でしかもすぐ隣の感覚なのか。

posted by simadasu.rose at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月25日

朝露通信(保坂和志)

読売新聞朝刊連載の「朝露通信」がおもしろい。毎朝楽しみである。昨年の11月に始まったらしいが気づいたのは3月下旬。ふと目にすると鎌倉の長谷観音あたりでの幼少時代の事が綴ってある。たしかホサカ氏とは学年が同じだったはず、と思い、何よりもその1週間前に舞台になってる長谷観音、大仏、鶴岡八幡宮、江の島と鎌倉黄金ルートをハトバスでめぐってきたばかりだったのだ。なので書かれてる道筋がくっきりと読んでて頭に思い浮かべることができて、いっそう面白くなった。

文が「、」が続いていつ終わるともしれないのが最初読みずらかったがそれも慣れてきて、最近はこの文体は中身にすごくあってるのではないかと思えてきた。保坂氏のホームページを見ると、読売連載開始にあたっての記事が載っていてそれには、記憶の小さな断片を書き、それで読者自身の記憶を喚びおこす、そして読後この小説は朝露のように消え去り、読者自身の幸福な記憶が残る、それが理想だ、と書いてあった。

まさに朝一回の記事が、サトイモの葉の(氏は蓮と言っている)丸く盛り上がった朝露の集まりのようである。連載では保坂少年は行きつ戻りつしてるがおおむねひとケタの子どもである。それは1960年代、昭和35年から40年代前半。今の鎌倉とはちょっとちがった昔の漁村といった感じさえする空気があり、それは自分の育った町の記憶とリンクして、まさに読者自身の記憶を喚びおこしている。

しかし保坂氏、ホームページの写真をみると、正に同年代の普通の男性の外見を体現している。職場の同期の男性そのもの。

保坂氏ホームページ

挿絵の熊井正さんのページ なんと挿絵は原画はカラー。いいです。新聞の白黒とは別物のようだ。

2014.10.24単行本が発売されました。(中央公論新社)
朝露通信 -
朝露通信 -  
posted by simadasu.rose at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月13日

偉大なギャツビー(フィッツジェラルド)

偉大なギャツビー (集英社文庫) [文庫] / F・スコット・フィッツジェラルド (著); 野崎 孝 (翻訳); 集英社 (刊)

CMでディカプリオの姿を見て、久しぶりに映画館で映画をみたいなという気分になり、それでは観る前に原作も読んでみようとという気にもなる、久々に何かに興味が湧く感情が起きたのでした。読むなら村上訳かなあなどと思いましたが本屋に行くとこれだけが映画化された本コーナーにあって値段も500円、なんだかとにかく一日でも早く読みたかったのでこの野崎孝訳で読んでみました。

翻訳ものを読むのは10年ぶりくらいではないか。最初の出だしからなんだかつらい。この文はこの言葉にかかる修飾語か、などと思いながら読む。それがずっと最後まで続く。その修飾の具合が、日本文ではほとんどしないだろう、という発想だ。これが文化の違いというものか。しかもちょっと検索してみるとそれは比喩というもので、美しい文体なのだという。きっと英語で読むとその文体というものを感じられるのかもしれない。

文体の障害はあったにせよしかし、ほぼ2日間で一気に読んでしまった。今に残る古典であるからしてやはり惹きつける何かはあるのだろう。読んだ直後は、ギャツビーの昔の恋人への未練は、う〜んよくある恋愛のパターン、しかも男性目線のね、といったものだし、その恋人の女性は、こんな女が好きなのかい?とまったく魅力的でない。しかし、読んでしばらく経つと、隣人ニックの語り手から醸し出される、「雰囲気」「空気」が心に残る。そしてそれはやはりギャツビーの遺した生き方なのだし、ニックの中でもずっと心に留まる出来事として、ニューヨーク、ロングアイランドといった風土とともに人生の中で残ってるように、読み手側にも静かに余韻が残るのだろう。

それは最後に、ニックが、「いまにして思えば、これは結局西部の物語であった」と語るところが、心に残る余韻の部分である気がする。主要な登場人物は皆中西部の出身で、それが東部へ出てきて、その違和感がこの物語なのだ、とニックが回想する所だ。読んでる者はギャツビーではなくニックに同化する。人物は風土の中の点になる。またアメリカでも田舎者都会へ行く、的なものがあるのかと発見があった。

と、小説としての感想はこんなものなのですが、読んでる間中、ロバート・レッドフォードとミア・ファロー、そしてディカプリオの顔がずっと浮かんでいるのです。

文中には当時のアメリカの階級とか、人種への感覚とかがさりげなく書かれていて、そういう事を知るのも外国文学を読む効用でしょう

ニューヨークの英語の先生と一緒に読もうグレート・ギャッビー 文章の意味をアメリカ文化とからませながら説明しています。読んでてわからなかった所も明らかに。

posted by simadasu.rose at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

夕陽カ丘三号館(有吉佐和子)

夕陽ヵ丘三号館 (文春文庫) [文庫] / 有吉 佐和子 (著); 文藝春秋 (刊) 2012.2.10

有吉佐和子の名作復刊第二弾ということで平積みになっていた。ぺらぺらめくるとおもしろそうだったので読んでみました。

一流会社の社宅に繰り広げられる、奥様方と息子とついでに夫の生態を描く。読んでいると、作者佐和子氏はどこか覗き窓か望遠鏡で各部屋を観察しているような雰囲気がして、読んでる者も一緒に覗いているような感じになる。主人公の主婦・音子に一体化はしない。

解説が無いので、全共闘、教育ママという言葉と、カラーテレビがある、などの言葉から時代設定は70年前後かな、と思ったが時代設定にかかわりなく、自分の息子の成績と夫の出世に一喜一憂する主婦・音子の言動・言葉は現在でもあてはまる部分があると感じる。これは専業主婦でなくとも勤めてる妻・母でも多かれ少なかれ持つ感情ではある。ただ専業主婦だと勢い昼間の8時間を目いっぱい息子と夫の事に投入できるので、この小説のようなことになるのだろう。しかしここでは妻は息子の成績と夫の出世によって評価される。評価というより、自分が気持ちよくなれる、ということか。妻自身は仕事をしていないので成果は息子と夫でしか現れないのだ。

オスはメスを選ぶのに子孫を残せそうなメスを選び、メスは木の実や動物を倒せそうなオスを選ぶ、ということが竹内久美子の本だったかに書いてあったような気がするのだが、”木の実をたくさんとってくる一流会社勤めのオスをめでたくGETした妻たち”という図を思い浮かべてしまった。しかし社宅に住まざるを得ないところがミソである。

調べてみると、1970年4月〜12月に毎日新聞に連載され、71年に新潮社から単行本。71年10月〜3月までTBS日曜9時からドラマ放送されたようだ。子供が6年で、夫は戦争に行っており、妻は女学校を出た設定だ。とすると夫は大正10年代生まれで妻は同じか昭和ヒトケタの生まれの設定になる。・・自分の家族と同じような感じだ。ドラマでは音子・八千草薫、夫・山内明でまさしく予想設定通りの生年の人だ。
posted by simadasu.rose at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月24日

歪笑小説(東野圭吾)

歪笑小説 (集英社文庫) [文庫] / 東野 圭吾 (著); 集英社 (刊) 2012.1.25

「小説すばる」に連載の短編が文庫化。
編集者の青山、仙台在住小説家・花房百合恵、『撃鉄のポエム』で新人賞をとり映像化の話がある・熱海圭介、次の年の受賞者・唐傘ザンゲ、46歳で窓際族にされ新人賞に応募する・石橋、引退宣言をした忘却の作家・寒川、定年まじかで市役所をやめ小説1本にしぼった・大川、これらの人々が織り成す悲喜こもごも。短編同士が全体で一つの流れになっている。それぞれのつながり方もおっとニンマリする。テンポのよい進み方で読み出したら止まらない。ヒット作連発の東野氏だが、それぞれの登場人物に与えあられたポジションは東野氏の分身ともとれ、作品を生み出す苦労は並大抵ではないんだろうなと思いつつ、小説家や芸術家でビッグネームになる人の周辺には幾多の埋もれる人がいる現実が身にしみる。

少し前に読んだ「黒笑小説」は黒いだけあって、笑いがより辛らつだ。「歪笑小説」の方は登場人物の新人達を成長させている。巻末に熱海と唐傘の未来の小説紹介を載せるというオマケまでつけ、小説家として見込みがあるヤツをひとりふたり作りだしている
黒笑小説 (集英社文庫) [文庫] / 東野 圭吾 (著); 集英社 (刊) 「黒笑小説」2008.4.25文庫 2005単行本
こちらにすでに唐傘ザンゲ、熱海圭介、大川、寒川が出てきており、受賞内幕がかなりブラックに書かれている。
posted by simadasu.rose at 15:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

履歴書代わりに(吉村昭)

履歴書代わりに [単行本] / 吉村 昭 (著); 河出書房新社 (刊) 2011.6.30

新聞や雑誌などに寄せていて未刊行だったエッセイを収録した。津波の本でここのところ脚光を浴びている吉村氏。たぶん「三陸大津波」を読んでいなかったら、この本も手に取ることはなかっただろう。なにかそれほど「三陸大津波」は強烈で、吉村氏の人となりに興味を持ったのだ。

収録は24編。いろんなことに興味を持ち、かつそれを現場で調べる人なんだなあ、というのが分かる。アニメの制作現場、税関の通過現場、ダムの工事現場等々。以外なのは競馬好きなこと。あとは青春時代をかいた最後の「私の青春」と20代での結核治療でろっ骨を取った話など、どれも興味深かった。昭和2年生まれ、なので自分の親の世代である。が読売新聞に連載された「私の青春」などは、初々しい青年がそこにいる感じだ。戦争に重なるせいもあるが、2階の物干し台で米軍のパイロットの顔が見えたとか、また母の死後父の面倒を見た女性の表現が「女」となっているなど、少年の心情が表れている。
posted by simadasu.rose at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

小津ごのみ(中野翠)

小津ごのみ (ちくま文庫) [単行本] / 中野 翠 (著); 筑摩書房 (刊) 2011.4.10

中野翠はたぶん読んだのは初めて。中島梓と混同していたようだ。
「小津ごのみ」とあるが「中野ごのみ」と言ってもいい小津映画についての文。小津安二郎の映画について、そのバックタイトル、ファッション、インテリア、を切り口に語る。もちろん小津ごのみの顔についても語っている。それは、洋服だったら無地。ドンゴロス(きなりの繊維をザックリ織った布)のタイトルバック、縞柄の唐紙、チェックのカーテン、さっぱりした民芸調の電気スタンド、・・などで構成される「小津ごのみ」の世界〜古風なようなモダンなような、そういう世界に最も美しくなじんだのが原節子だったと語る。で女優は髪はなびかず額や耳を出して顔をはっきり見せるという。

中野翠の文章が軽く洒脱だ。10歳年上の人だが、小津を初めて見たのが30になるかならぬかぐらいの時で、それほど衝撃的ではなかったが、名画座などにかかると気になって見に行ったという。たぶん中野さんも原節子が好きなんじゃないかな、と思うような文。そこが原節子好きの自分にとって読んでて心地よいのかも。

この他にも映画エッセイは何本か書いてるようで、そちらも読んでみたくなった。
ぺこぺこ映画日記―1993‐2002
ともだちシネマ  こちらは石川三千花との対談



posted by simadasu.rose at 21:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

人もいない春(西村賢太)

人もいない春 [単行本] / 西村 賢太 (著); 角川書店(角川グループパブリッシング) (刊) 2010.6

受賞作に続き、これと「二度はゆけぬ町の地図」もあり同時に2冊も買って読んでしまいました。
貫太が何をしてるのか、気になる・・ 不思議な私小説作家です。あいも変わらず貫太の日雇い労働と、女と、藤沢清造のことですが、それが時を行きつ戻りつ、あるシーンを断片的に描きだしている。そこになんともみじめでこっけいな貫太がいる、という情景。しらふではとても気が小さくてお人よしと自らを描いて、そこら辺がおもしろいのかも。「人もいない春」は製本所で働いている貫太である。弁当が足りなくなりその原因となったアルバイトの大学生をかばうような形で発した言葉が、また貫太の首をしめてしまう。これが一番よかった。

引き続き図書館で「暗渠の宿」も読み、なにかそれで打ち止めに。この人とうまくやっていける女性はどんな人なのか。。 あとはエッセイ「随筆集 一私小説書きの弁 」を読んでみたい。

posted by simadasu.rose at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

苦役列車(西村賢太)

苦役列車 [単行本] / 西村 賢太 (著); 新潮社 (刊) 2011.1.26 

今期の芥川賞受賞作。TVのニュースで受賞記者会見を見て「こんな僕でも・・このような賞がとれるってことに 希望をもってもらえれば」という、著者のプロフィールにがぜん興味が湧き、購入しました。

こんなに自分をさらけだしていいのか。恥ずかしい自分を、情けない自分を。しかも女性描写が下品。そして戦前の印刷かと思わせる難しい字と熟語。どこでそういう言葉を自分のものにしたのか。

新聞や文芸春秋の記事だと9割は本当のことだという。すると残りの1割が読ませる部分なのか。評者は、情けない自分のみじめさ比べ、という伝統的私小説をふまえつつ、どこか突き放した、俯瞰した目で描けているところがよい、と言っている。うーん、そこが読ませるとこなのか。母親の所に帰れるとはいえ、中学卒業してすぐ自活してるなんてすごいじゃないの。

貫多君には幸せをつかんで欲しい。太ったぼさぼさの現在の西村氏が現在の貫多ではないのだろうけど、いろんな貫多をもっと読みたい、そう思わせる小説だ。

posted by simadasu.rose at 00:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

小さいおうち(中島京子著)


小さいおうち

小さいおうち

  • 作者: 中島 京子
  • 出版社: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/05




今季芥川賞の本。昭和5年に小学校を出てすぐ13歳で山形から東京に女中奉公したタキさんの物語。小さい赤いおうちで過ごした、奥様とぼっちゃん、旦那様との暮らし。そして板倉さん。あの時代のウラをきちんととってるなら、今となっては「戦争が迫りくる」昭和10年代の東京山の手の女中を雇える家の暮らし、というのが興味深い。ほんとに昭和19年あたりまでは、そう差し迫った雰囲気ではなかったのか。この小説の中に出てくる、タキさんの甥の子ども・健史じゃなくても、以外であった。きっとドラマか映画になるんじゃないか。現在のタキさんと健史くんが出てくるとこは普通の色で、奉公場面はちょっとセピア色かけて、といった画面が目に浮かぶ。向田邦子の描いた「あ・うん」なんかの時代の雰囲気もかすかに感じる。


posted by simadasu.rose at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

貝のうた・沢村貞子

終戦までの自伝「貝の歌」と、平成元年末に沢村さんが引退するまでの31,2年をマネージャーとして過ごした山崎洋子さんの「沢村貞子という人」を読んで見ました。

この自伝と、山崎氏の他伝を読むと、言わずもがだが、自分はこうだったのよ、という他人には知りえない部分と、逆に他人だからこそ見えるその人のおもしろいところが見えて興味深かった。


沢村貞子―貝のうた (人間の記録 (113))

沢村貞子―貝のうた (人間の記録 (113))

  • 作者: 沢村 貞子
  • 出版社: 日本図書センター
  • 発売日: 1999/12
  • メディア: 単行本



この「貝のうた」は昭和44年、講談社から出版され、その後暮らしの手帳社、そしてこの日本図書センターの自伝シリーズに収められている。

昭和44年というと、貞子女史?姉御?母さん?は61才で、「いままでほとんど自己の過去を振り返ることがなかったが、還暦を迎えたある日、ふと若い日の自分をしみじみ思い出す気になって台所の合間に半年ぐらい書き綴った」とあとがきに書いている。

父方の祖母は水戸藩鷲の子村の郷士の出、また父の妹ひさは美貌で、元烏山城主・貴族院議員の大久保子爵の妾になって別宅に暮らしていた、などという出自も語られ身近な地方が出てきたのに驚いた。

芝居の座付き作者・仕事をしていた父、自宅には役者なども多数出入りして、父を含め役者たちの色恋沙汰に取り囲まれたそんな環境への反発、それに対する教室の空気の心地よさ、物を知る快感、そんな理由から教師を目指すが、教師も出世のために同僚を貶めている現場を目撃し、それが許せず針路変更をする。本ではその”幼い潔癖さ”が60を過ぎた今も自分の中にあってもてあまして苦笑すると書いている。

女学校時の関東大震災被災、最初の役者活動の場での左翼活動と結婚、兄の劇団での地方興行、そして太平洋戦争で弟の出征と大阪での空襲体験、ともう全力疾走である。紙面では最初の劇団活動にかなりページがさかれている。それだけ忘れがたいということか。山本安英に師事したい、それがたまたま左翼活動をしていた、「働く人が幸せになるために」ああ、それはいいことだわ、と若い彼女は素直に思い渦中に入ったという印象だ。氏の最初の結婚は、活動家だった相手が欲しているから、という党の命令によってだ。新築地劇場が左翼の活動場所になってくるのだが、役者の楽屋の色恋沙汰と変わりない感じだ。記述を見ると女性活動家は党の幹部男性の恋愛の道具みたいな感じを受ける。あさま山荘でこもってた連合赤軍にも通じる。そこに「思想」だのが入ってるが、う〜んこの昭和初期のリアルな左翼の「活動」の実態に幻滅感。しかしこのプロレタリア文化連盟・コップの関係でこの本に書かれている人たち、千田是也、小沢栄太郎、滝沢修、山本安英、戦後けっこう主流の演劇活動家だ。

昭和7年に逮捕され、計1年8ヶ月獄中での暮らし。口を割らなかった自分に反し簡単に口を割った夫に幻滅し活動をやめ、昭和11年映画界に入り、昭和17年頃から兄の劇団を手伝う。年表では昭和11年に藤原氏と結婚したことになっているが、本では「いつの間にか30を超えようとして、当然男とのつまづきもおこった」とだけある。本が書かれた当時は現在の夫君との暮らしだったからか。

命からがら大阪空襲から逃げおせたところで終わる。


沢村貞子という人

沢村貞子という人

  • 作者: 山崎 洋子
  • 出版社: 新潮社
  • 発売日: 2004/11/23
  • メディア: 単行本



こちらはマネジャー氏の本。エピソード集といったところだが、それがかえって晩年30年の沢村夫妻の生活ぶりが垣間見られ興味深い。夫が「クーラーって体に悪いんだってね」といえば即日クーラーをはずす沢村氏。自伝では映画界に入りたての頃、無理してつきあいをしていたが、ある日それをやめたと書いてあった。回りからなんと言われようと自分の道を行ったことで、かえって慕われた面もあるようだ。

今の芸能人だと、バラエティ番組などもあり、役柄でない面を見られる機会もあるが、昔の役者だと役柄でしか知りえない場合が多い。彼女も、こうるさいばあさん、の役柄イメージだがこれらの本は改めて魅力的な役者だったんだなあ、と再認識させてくれる。
posted by simadasu.rose at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

わたしの脇役人生・沢村貞子


先週本屋でなぜか沢村貞子の「私の台所」なんていう文庫本が目に入った。ぱらぱらめくってみると、”子供との同居に固執してもしょうがないじゃない”とか、視聴者から”もうあんな意地悪な役はやらないで下さい”というのをもらったりする、なんていうのが目に入った。沢村貞子ですぐイメージするのは、テレビドラマ「となりの芝生」の姑と、朝の連続テレビ小説の「おていちゃん」だ。下町育ちで脇役、ちょっときついことを言う役が多い着物姿の人、というもの。けっこう家族の形態に進んだ考えしてたんだなあと興味を持った。

それで借りてきたのが、「わたしの脇役人生」(S60.1〜S61.12小説新潮連載)と、
「わたしの台所」S57.3

「わたしの茶の間」(S57.12刊 新聞雑誌の小文をまとめたもの) だ。

話題は家庭での献立、夫との暮らしぶり、ドラマなどの話などのほか、友人たちの家庭の話、これまでの若かった日のことなど、今から25,6年前のエッセイながらその考えの新しさに感心した。それにまたネタの選び方、その視点、文章がうまい。特に意地悪な姑役をやってるせいか、その役を通してや友人達の家庭を通しての、親子同居に関して、親子は距離をもつべし、親子同居に固執するべからず、という考えが「わたしの脇役人生」には何度も書かれていて、これは85歳になる老母に読ませてやりたいと思うほどだ。子供は親に育ててもらったのだから、同居して親をみるのは当然の義務、と信じて疑わない老母には、まあなにを言ってもムダだろうなあ、と思いつつ、明日の敬老の日を前に、ますます元気で頑迷な老母を前に、いつまで待てばいいのやらと思った次第である。

明治41年生まれの女性にこのような考えをした人がいた、とちょっとネットで調べてみると、弟が加東大介なのは知っていたが、兄の息子達が長門裕之に津川雅彦、そしてその兄の奥さんがマキノ省三の4女の役者一家。そして自身は3度結婚しているらしく、エッセイに出てくる夫とは38才の時、お互い家庭を持ちながらの恋愛だったらしいことが分かった。親子の同居観についてさっぱりしているのは、子供が無いから、といってしまえばそれまでなのだが、ご自身も、わりとじみに見えるその風貌からは以外な実人生に、その人となりに興味が湧いた。

俳優の藤原釜足さんと1936-46まで夫婦で、46年に最後のご主人と出会っている。
釜足さんと共演の映画を調べてみると、別れてのちもけっこう共演しているのだなあ。
1938「チョコレートと兵隊」夫婦役
1941「馬」
1942「母は死なず」夫婦役
1950「山のかなたに」
1952「浮雲日記」
1952「足にさわった女」
1952「夜の終り」
1954「わたしの凡てを」
1955「五十円横丁」
1985「冬構え」(ドラマ)

posted by simadasu.rose at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
レンタルCGI アクセス解析 with Ajax Amazon