2017年09月09日

定年後(楠木新著)

定年後 - 50歳からの生き方、終わり方 (中公新書) -
定年後 - 50歳からの生き方、終わり方 (中公新書) -  2017.4

~自由にできる時間はたくさんあるらしい・・

まさに自分の状況にうってつけの時期に出た。新聞広告はたぶんオビと同じ「人生は後半戦が勝負」と大きく出ていた気がする。この4月からなにか働かないでずっと家にいるのになじめない6月に読んだ。

定年後は、オビのピックアップの言葉、
・終わりよければすべてよし に尽きるのだろう。

そして死ぬまでの時間は実は働いた総時間よりたっぷりあり、
・自由にできる8万時間(84歳まで生きるとして睡眠食事等を除いた時間を計算) もあるのだが、

しかし元気なのは、
・75歳までの「黄金の15年」。

文中では2002年のアメリカ映画「アバウト・シュミット」 で定年退職した主人公が自分が生まれた土地や通った大学にも行ってみるが、過去のいい思い出は蘇らず、逆に厳しい現実が次々と主人公を襲う。~過去を振り返ってみてもしょうがないのか。

多くの定年者のインタビューではありあまる時間を有効に使い、悠々自適に過ごしている人は少なかった。

作家の森村誠一氏は60歳から70歳が本当は自分の能力が一番発揮され”何をしてもいい自由を選べる「誉生」”の時期といったが、楠木氏は「しなくてもいい自由」の余生も素晴らしく、要は退職後の一日一日を「いい顔」で過ごせるかどうか、だという。

現役中はもっと自由な時間があれば、もっと本も読めるのに、もっと映画もみられるのに、もっと音楽も聴けるのに、楽器にも挑戦したいのに、パッチワークもできるのに、と「もっと自由な時間があれば」というのがあったが、いざ自由な時間があると、上のどれもしていない。

最大の理由、それは思いもかけないことだったが、興味の対象が変わっていた。

本などは仕事がらみで必要と興味が次々に湧き読んでいたが、仕事がらみのものにはパタっと興味が無くなった。まあ、しかし別な興味は沸いてきて、旅行に行ったイギリスに関する事が目下の興味。

映画や、音楽も以前ほど興味が沸かない。若い人の恋愛物語はなにか見る気が起こらず、あれほど生活を覆っていたロック、ジャズもほとんど聴いていない。

時間ができたら、とためておいた布地、これは8月に簡単なブラウスを作りミシンの感覚が戻ってきたので、パッチワークもするかもしれない。

しかーし、最大の関門は体力の変化である。これはミシンをかけて実感したが、細かい手元がよく見えなくなっている。また8月には同じ日に2回も転び、やはり定年後は「体力」が最大のキーワードであるように思った。
posted by simadasu.rose at 10:09| Comment(2) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2014年01月15日

地方にこもる若者たち(阿部真大著)

地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会 (朝日新書) -
地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会 (朝日新書) -  2013.6.30刊

2013.6刊行で読了が2014.1。「最近の若者は内にこもりがちで外に出ようとしないらしい・・若者よ、地元を出よ、日本を出よ」と思う人たちにこの本を読んでほしい、と説く。

著者は1976年岐阜県生まれ東大卒で、現甲南大学准教授(出版時点)なので地方から東京へ出た人だ。岡山県倉敷市近郊の社会調査や80年代からのJポップの歌詞の考察などを通し若者の行動、流動を考察。

そこから導きだされたのは、「地方にこもる若者たち」はすでに、これまでとは違うかたちで外に開かれはじめている。若者は現在の地元で、これまでとは違う形で外に開かれはじめている。そして「昔は~」と思う昔の人こそ、実は今の若者より開かれていないのかもしれない、と説く。

2011年に岡山県倉敷市を中心に、地方に生きる若者の実態を、余暇、人間関係、雇用の三つを中心に調査しているが、そこはまさに「ファストフード化」した地方都市だ。倉敷市には大規模ショッピングモールが90年代後半にできそこで映画、ファッション、食べ物などひととおりそろう。鳥取県境の町に住んでても車で1,2時間かけ休日に倉敷に集う。ここらへんの実態は自分の今の休
日の過ごし方と同じだ。

「今の若者は」と言う前に、70年代、何が何でも東京に行きたい、と強く思った自分たち年寄りは今の地方の変化に気づかなかった、ということか。インターネットもあり、ショッピングモールもあり、ほどほどに地方で事足りるのだ。東京も高度化された一つの地方、という見方もできる。

地方を「ファストフード化」以前、以後、と分けて考えた方がいいのでは?と思った。

posted by simadasu.rose at 17:33| Comment(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

階級都市(橋本健二著)

階級都市: 格差が街を侵食する (ちくま新書) [新書] / 橋本 健二 (著); 筑摩書房 (刊)2011.12.10

おもに東京23区間の住人の職業や学歴、収入といったものを分析し、その特質を探る。区全体やさらには区の中の町内までの分析もしている。収入や職業やそれに伴う気質の違いは昔から「山の手」「下町」といった言葉で表わされてきたが、大都市東京には巨大な階級構造があり、それぞれの階級は、不均質に分布して、独特の空間構造を生み出しているとしている。都市とは経済・階級構造と建物・空間構造の複合だという。

すごく大雑把にくくると、高台=山の手=富裕層、谷間=下町=富裕でないものとなる。大きなくくりでは隅田川の東は下町となるが、さらに神田川やその他の細流れで大小の山と谷がありそれぞれに小さな下町があった。昔は職業的にも家屋的にも住み分けがされていたが、最近では六本木ヒルズやなどの再開発ビルが多くの小さな家屋にとってかわり、それら高いビルにいる人は高収入が多く、取り残された?低層住宅の人は従来通りの下位層となり、下町の中に山の手的なものが出現しているとしている。

また、出身地域の分析がちょっと興味深かった。東京へとやってくる地方の人で南関東や関西の人は高度な専門的職業につくために上京する者が多いのに対し、東北からは、学歴が何であれともかく就業の機会を求めて東京へとやってくる、というのが統計で示されている。そしてともあれ出てきた人は労働者となり下町に、専門的職業を求めた者は山の手に、という住み分けとなり、それが東北・東京・その他の地方という日本の国土の空間構造までが反映されているという。

昭和36年の新聞記事からだが、明治大正期の下町、山の手の地図なども紹介され興味深い。

著者:橋本健二氏のHP

posted by simadasu.rose at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

学歴分断社会(吉川徹)


学歴分断社会 (ちくま新書)

学歴分断社会 (ちくま新書)

  • 作者: 吉川 徹
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 新書




林真理子の「下流の宴」を読みながら頭に浮かべたのがこの本。
著者の吉川氏は1966年生まれ。現在大阪大学大学院人間科学研究科准教授。社会学の立場からいろいろな社会調査をしているらしく、その結果見えてきたのが学歴による社会の分断だという。それは就職先であったり、その結果の収入であったり、趣味であったり、服装や食事の志向であったり、はてはどのTVを見るかであったり。

今の社会生活において学歴や出身学校をズバリ問うのはタブーとされている。三浦展が「下流社会」で示した下流志向層や、刈谷剛彦の「階層化日本と教育危機」
での出身階層による高校生の意欲格差、山田昌弘の「希望格差社会」の若者の将来展望の階層差、にも言及している。これら3冊では階層化されるといいながらあえて学歴には(タブーなので)触れていないとし、吉川氏は上下層を分けるのは高卒か大卒かの学歴だと言う。

それが収入の格差、文化的志向の格差につながっているという。収入はともかく、本を読む、新聞や本などで紹介された店やレストランに行くといった、情報活用能力があるかどうかが学歴で違ってくるとしている。

また今の20代の世代間連鎖について、大卒親ー大卒子(26.4%)、高卒親ー大卒子(23.2%)、高卒親ー高卒子(37.5%)、そして大卒親ー高卒子(13.0%)の調査結果を示し、これから鍵を握るのは今までの社会に無かった層・大卒親ー高卒子という「学歴下降家族」だという。70年代あたりの親子関係だと大卒親はわずかな数でほとんどの子が親の学歴と収入を超えた。しかし21世紀になって現れたこの「親を下回る」子は、学歴競争という「格差ゲーム」から早々と降りてしまった「脱階層志向」の人だという。「下流の宴」の息子・翔はまさしくこれにあたるのだ。

こう書くと吉川氏は学歴の上下で差をつけているのかと思いがちだが、目指すのは社会の幸福であるらしい。それは学歴共生社会だとしている。東京人は東京が一番で関西は二番手だと思っているが、当の関西人は東京に負けているとも、首都圏に住みたいとも思っていない、というのを例えにして、学歴はいろいろだが、それぞれの質の違いが重要な役割を果たす社会、共生できる社会を探るべきとしている。

何を幸せと感じるか。学歴が高くなって違ってくるのは、生活範囲と思考の範囲、友人関係が全国レベルになることではないかという気がする。全国レベルの生活を知ってしまうと、小さな範囲で生活することはもう考えられなくなる。しかし一生を生まれた町で暮らすのが不幸とは言えないし、実際身近にいる、狭い範囲しか知らない家族をみるとそれはそれで幸せそうである。不幸なのは広い世界を知ってしまったのに狭い世界で生きるようになってしまった人なのではないか。

しかしやっぱり学歴だけで語れない人もいる。学歴は無いが成功した起業家とか、大学はでたけれどうまく就職できない人、どこでどう分かれるのか。親の育て方とどうかかわりがあるのか、そこが知りたい。

吉川徹氏のblog

posted by simadasu.rose at 18:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2009年08月14日

転職は1億円損をする(石渡嶺司著)


転職は1億円損をする (角川oneテーマ21)

転職は1億円損をする (角川oneテーマ21)

  • 作者: 石渡 嶺司
  • 出版社: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/10/10
  • メディア: 新書




著者は75年生まれ、最初の就職は派遣社員。その後編集プロダクション勤務を経てライターとして独立、という経歴なのでなにか説得力がある。

若くして転職した二人を例に出し、もちろんそうでない転職もあるが、と断りつつもヘッドハンティングされての転職でも自分の想像どおりではない事を示している。

A子さん31才の場合。大卒後大手IT会社へ総合職技術者→取引先C商事よりシステム設計をしに「うちにこないか」といわれ転職→ところが配属先は支社でシステム設計はやらず、また転職前のc商事ののんびりした雰囲気が逆に転職後は短所に見えた→IT技術者としての職にこだわり派遣会社に登録→現在

B夫さん30才。大学卒業後E生命入社→ヘッドハンティング社よりハンティングされD証券に転職→給料はあがったが実は金融先物取引の会社だった。→濃密な人間関係のE生命と比べよそよそしいD証券の雰囲気が合わないと感じている

Oさん40歳。ずっと同じ会社だが「転職してたら別の人生もあったかも」と夢想することもある

この3例を出し、どうだこれでも転職がいいか? と問うている。
言えるのは、転職しても正職員にならないと生涯給与、退職金、健康保険とかいろいろな保証が不利になっていく点。これを数字で示している。ちょっとした不満は社内での配置換えでもかなえられるのでは?と問うている。

こうなると最初の就職先がいかに大事だったのか・・ と思わざるを得ないが、実のところ就職先は福引の箱から1等、2等、3等の三角紙を拾うようなものではないか?一部透視力のある優秀な方はいるでしょうが、勤続31年目の自分はこう思うこの頃。ああ、わが子には幸せな仕事人生を歩んで欲しい。

ずっと勤め続けていると、専業主婦でいられる経済力と健康に恵まれた男性をゲットした方に憧れるのだが、12日の日経夕刊の西原恵理子のインタビュー記事「女性は甘えず働く信仰を、相手に500万望むならまず自分で500万稼ぐべき」イヤー 彼女がザバット言うと説得力あります。そろそろ早期退職しちゃおうか、なんて伴侶をあてにしている女としての自分に「カーツ」・・あーでもしんどいよー


会社は2年で辞めていい (幻冬舎新書)

「会社は2年で辞めていい」なんとamazonで上の本を検索するとこの本も出てくるのです。こちらは東大卒三菱商事就職経歴の方の著作らしいですが、評読むと、まあ辞めるにしても展望を持つべし、らしいです。



posted by simadasu.rose at 16:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝 2007.11

いやー 読みました。運良く図書館にありました。
土曜日中朝から晩までと日曜の午後1時間くらい。

先の「ブラック・ケネディ」はこの自伝をもとに書いてるな、というのが分かりますが、「ブラック・ケネディ」では分からなかったオバマ氏の内なる静かな叫びが聞こえてくるような気がしました。

最初に出版されたのが前書きからすると1994年のようで、その時オバマ氏は33歳。「ハーバード・ロー・レビュー」で黒人初の編集長になって俄然注目されそれで執筆依頼がきたようです。

カバー内側には「ここに記したのは、私の内なる旅の記録である。それは、父親を追い求め、アフリカ系アメリカ人としての人生に現実的な意味を求めた青年の心の旅だ」とありますが、まさに分厚い本にその思いが切々と綴ってありました。

男の子、というのは父親が必要なんでしょうか。子供は親の背を見て育つ、とか、何か問題を起こす子に「親のモデルが無いからだ」などといいます。2才で父親が母親とオバマ氏を残してアフリカに去ってしまって、少なくともオバマ氏は人種とかとは関係なく無意識に父親像を追い求めていたようです。そこに人種の問題がからんでよけい複雑になっている、というのが彼の根底をなすものになっているようです。

自分は何者か、という問いに母方の白人アメリカ社会の方では目の前に祖父母と母がいたわけですが、去ってしまった未知なる父と未知なる黒いアフリカへの思いが、実際にケニアに行き、多くの親族に会って、最後にお祖母さんからおじいさんの来し方やアフリカでの父親の話を聞いて、自分の立つ位置を認識できた、ようです。

こういうその人のバックボーンを知ると、特に大統領なんてものをやる人の発言とか行動とかがどこからきてるのか、というのにほんの少し役立つし、自伝に共感すれば応援することにもなるでしょう。
posted by simadasu.rose at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

ブラック・ケネディ オバマの挑戦

ブラック・ケネディ オバマの挑戦
ブラック・ケネディ オバマの挑戦 クリストフ・フォン・マーシャル著 講談社 2008.8.1

ついに決まったオバマ大統領。そのスマートな容貌からもとても興味がある人物ではあった。家人がなにやら紙をもってきた。みると英文。”It's been a long time coming:but tonight、because of what we did on this day、in this election、at this defining moment,change has come to America”

オバマ氏の勝利演説なのだった。ここが気に入ったと言ってマーカーがひいてある。久しく英文など読んでもおらずbeen has ん? 現在完了形?など野暮なことを頭に浮かべながら読んでみる。が案ずることなかれ、全訳付きですでにネットに載ってたのだという。

「ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです」 この部分が気に入ったという。

この部分はIt's been a long time coming、but a change is gonna come(変化はいずれやってくる)と歌うサム・クック作詞作曲のプロテストソングをもじったものなのだった。

これでなにか益々オバマ氏に興味が湧いてきたのだが、果たして本屋に行くとこの「ブラック・ケネディ」と「マイ・ドリーム」という自伝がひら積みされていた。どちらにしようか迷ったが薄くて安いこの「ブラック・ケネディ」をひとまず読んでみることにした。

これはドイツ人のジャーナリストが書いたもので、要領よくオバマ氏の生い立ちと経歴が、アメリカの政治・社会状況をからめながら、もちろん妻ミシェルとのなれそめももれなく書いてある。他伝なので客観的だ。おもしろくて読みやすい。訳文もこなれてる。一気に読んでしまった。巻末に年表もついてる。「ブラック・ケネディ」とはアメリカの新たな時代の始まりを予感させる人物として、ケネディの若さと「変革者」「仲裁者」のイメージを重ね、期待を込めて「ブラック・ケネディ」と呼ぶのだそうだ。

アメリカの黒人問題について実感としては分かりえないが、まずクリントンとどちらになるのか?という時点で女性か黒人かと、どちらも政治リーダーとしては「初」の部分で、はて、どっち?と予測がつき難かったが、彼になった。本選では「老齢・白人」と「黒人・若年」、どこまで黒人問題がかかわるのか?と思ったが彼になったのだ。

この本を読むまでネットでも調べもしなかったので、父親はアメリカで成功した人なのかと思っていたら違っていた。ケニアの小さな村の族長の息子だが、ハワイ大学に留学中、カンザスを経てハワイに住んでいた母と出合ったのだった。どちらも既に亡くなっている。

今日のニュースでケニアにいるおばあさんが写っていたが「世界のためになることをやってほしい」とコメントしていた。このおばあさんもなかなかである。

とにかくこの本を読むと、人種を超えてオバマ氏が選ばれたのはしごく当然かも、という気になってくる。しかし政治家は弁舌あざやかであることが一番なのかも。バックになる知識と洞察力が必要なのは言うまでも無いが、それを表現する言葉力が必要なのだというのがよく分かる。YES WE CAN である。

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝 自伝はこちら。分厚いです。

オバマ語録
オバマ語録 オバマ氏の演説は言葉遣いがうまい。これはそんな語録を集めたもの。

オバマ氏生い立ち(ウィキペディア)

gooニュース 「アメリカに変化がやってきた」演説の英文・訳文が載っている

The Man and His Music
The Man and His Music サム・クックのCD
最後に「A Change is Gonna Come」が入っている。


サム・クック

you tube で シールや柳ジョージも歌っている

ソウル
ソウル ソウル・シンガー、シールのニュー・アルバムの1曲目に入ってる。2009.1月発売予定 シールは一時期よく聴いていた。1曲目に入れるとはシールもかなり重要視している曲なのだ。






posted by simadasu.rose at 01:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

昭和三十年代の匂い(岡崎武志著)

昭和三十年代の匂い (学研新書 30)
昭和三十年代の匂い (学研新書 30) 2008.8.8

昭和三十年代ものが最近けっこう出てるようだが、これは著者が同じ学年というのと、また序文で、これもありかという世代論がおもしろくて読んでみようという気になりました。

その世代論とは「1971年全日本フォークジャンボリー」というCDのライナーノーツに黒沢進という人の書いた文として紹介されていたもので「1969年1月(あの学園紛争最盛時)に何歳だったか」だそうです。その時点で世代感覚が止まったまま大人になってしまった感があるというのです。音楽の世界だと団塊に属するはっぴいえんどの諸氏は”永遠の大学生”、坂本龍一、山下達郎、村上龍は”永遠の高校生”、桑田圭祐、佐野元春は”永遠の中学生”、それ以下の戸川純などはランドセルをしょったまま大人になった感がある、と紹介されてます。

これと似たようなのに「東京オリンピックに何歳だったか」というのも世代を計る物差し、というのを聞いた事があります。これは東京オリンピック時に既に仕事をしてた人が考えたものかな、なんて気もします。ちなみに黒沢進さんは1954年9月5日生まれなので、1969年1月は中学2年。この1969年1月説は黒沢さん世代が漠然と抱いてる感覚かもしれません。本では岡崎さんは「自分は桑田や佐野と同じ中学生世代」と言ってるのですが、1月となるとまだ6年になってしまいますが、岡崎さんは1月にとらわれず1969年は昭和44年としてるようです。

さて目次をみると、まあなつかしい文字があふれてます。「8マンとたこ焼き」「おはようこどもショー」「マンガソノシート」「驚愕の生クリームケーキ」「明るいナショナル」「学校で教わらないうた・・みっちゃんみち・・」などなど・・

特にあの頃はまだ戦後だった、として戦記マンガブームを記してます。少年マガジンとかサンデーにけっこう特攻隊ものが連載されてました。「0戦はやと」など私も読んだ記憶があります。また岡崎さんは大阪人ですが、やはり30年代に白衣の傷痍軍人をみてました。

まあそんなこんなで泉麻人とはまたちがった味のある岡崎氏の本でした。
posted by simadasu.rose at 15:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

となりのクレーマー(関根眞一著)

となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術 (中公新書ラクレ 244)
となりのクレーマー―「苦情を言う人」との交渉術 (中公新書ラクレ 244)
 2007.5

著者は元西武百貨店勤務。お客様相談室担当としての経験を本にしたもの。
いろいろな事例が紹介されてますが、え~ 世の中にはこんな人がこんなことを言ってくるんだー と人間の見本市のようでもあります。
それをどう言葉と態度で接客したかが語られてます。最初は店の側から発言していて、慣れると店側・客側平等な発言、最後には客側に立った発言に変わっていって、解決がスムーズだったのは平等な発言より客側の発言だったそうです。

しかし交わす言葉は慎重に、揚げ足をとられないよう最新の注意を払って、店側で守りたい一線は譲らないよう、会話をしつつ頭の中で考えているんですね。

最近の著者は販売業ならず、医師、教師などの相談にも乗っているようです。違う人格を持った2つの陣営の対立、というのは生活場面ではよくあること。自分も仕事で似たような説明場面に出くわすことがあるので、あの時のあの言葉はひやひやものだったかも、などと大いに参考になりました。

苦情学―クレームは顧客からの大切なプレゼント
苦情学―クレームは顧客からの大切なプレゼント

こちらは2006年に、百貨店勤務者に向けにプロの専門技術書として書いたものだそうです。がその後関根氏は百貨店以外の事例も扱うようになって広く一般向けに書いたのが「となりのクレーマー」だそうです。
ラベル:接客 販売
posted by simadasu.rose at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

アグネス・ラムのいた時代・長友健二+長田美穂

アグネス・ラムのいた時代
アグネス・ラムのいた時代
 2007.2.10

表紙につられて夫が買ってきたもの。曰く「まりちゃんのことも書いてあったし」

雑誌の編集者からスタートして主にスターの写真を撮り続けたカメラマンの長友健二氏に長田美穂が聞き書きしたもの。

長友氏は1956年、23歳で故郷の宮崎から上京し、小さな雑誌の編集から始めて、昭和30年代の映画全盛時代の映画スター、テレビ黎明期のテレビスター、天地真理から始まるアイドル、そしてアグネス・ラム、フォークの人たちを撮り続けた。この本で長友氏の名前を知ったが、ピンク・レディのレコードジャケット、「明星」や「ヤング・フォーク」「ベスト・カー」といった雑誌の表紙は氏の写真だった。カラーで載ってる当時の写真~若き日の拓郎、泉谷しげるなどお宝ものである。

雑誌の写真ページというのは編集者が企画を立て、写真家はただ撮るだけなのかと思っていたら、長友氏は所属する雑誌で写真ページを受け持ち、こういうスターのこういう側面でページを組みたい、という企画を立て何枚も写真をとりそれを編集長が採用する、という方式で写真のページが組み立てられていた。

年代順にスターの写真を撮った時のエピソードが書かれていて、雑誌の写真家からみた日本芸能史になっている。評論家の書いたものとはまた別な側面がある。写真を撮る、撮られるという行為は被写体の性格とかをさらけだすものらしい。氏によるとピンク・レディまではアイドルはレコード会社のマネジメントで作られるものだったが、松田聖子からはセルフプロデュース型になったという。

氏はヌード写真もとっているが氏によるとヌードの撮影は「被写体との擬似セックス」だという。男性が女性の裸体を撮る場合やはりそうなのか。絵画でもそうなのだろう。
ラベル:写真 芸能
posted by simadasu.rose at 01:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

一九七二・坪内祐三

一九七二―「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」
一九七二~「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」
 2006.4 文春文庫

1972年というと横井正一さんの帰還、あさま山荘事件、札幌オリンピックといったところがすぐ思い浮かぶ。自分にとっては高校に入って洋楽を聴き始めた年。ということで70年代カルチャー論ものは目が行く。
坪内氏は1958年生まれ。同時代の人らしい。

短大で戦後の風俗文化史を教えていて、教え子たちと70年代あたりの歴史認識にずれを感じたのがこの本をかくきっかけらしい。高度成長期に子供であった著者は(自分もだが)高度成長期の文化変動が1964年に始まり、1968年をピークに1972年に完了すると感じそこが題名の「はじまりのおわり」になっている。1972年以前生まれの人となら歴史認識を共有できると言っている。

「あさま山荘の制圧とCCR公演」「日活ロマンポルノの摘発」「箱根アフロディーテ」「雷雨のグランドファンクの後楽園公演」「キャロルとロキシー・ミュージック」などといった音楽系の目次につられるのだが、なにかよくわからない読後感。文がよみずらいのかも。読んでてはあさま山荘事件の内情が書いてあったのでおもしろかった。

あさま山荘事件については何の本も読んだことがないので集団リンチがあって立てこもったとしかの知識がなかったが、その集団リンチに至る過程が書いて合ったので、そこはそうだったのかと発見だった。

解説が泉麻人でこちらはなかなか面白い。
posted by simadasu.rose at 11:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

召使いたちの大英帝国・小林章夫

召使いたちの大英帝国
召使いたちの大英帝国
 2005.7 洋泉社 新書y

新書の売り上げはタイトルが左右するというが、これも気を引くタイトルでした。イギリスじゃなく大英帝国がみそかも。

召使、今では「主婦」がやってる部分や一般にお父さんがやるような日曜大工的なことなどをしていた人々がかつていた。日本でいう商家の番頭などはこれには入らないようです。内向きの仕事をする人。これら「召使」とか「下僕」とか「ナニー」とか「執事」とかの実態を少し探ってみましたという本です。著者の小林氏は英文学の教授。

「日の名残」でアンソニー・ホプキンスが演じていたのが「執事」。映画では圧倒的な存在感でしたが何やってるの?という疑問が解けました。他の人は「料理」「掃除」とか仕事がはっきりしてましたが、アンソニー・ホプキンス演じるスティーブンスは会食の時立ってたり歩いてたりしている印象しかないのです。「執事」は英語で「バトラー butler」で全ての使用人の頂点に立つ人で主人の代理だそうです。昔やってた少年少女向けの本やアニメ・小公女とか小公子にも「執事」というのが出てきたような。

ただこのバトラーの上に「スチュワード steward」もいる場合がありそれは華族の家の事務会計をする意味で「家令」ともいうそうです。それから派生したのがあのスチュワーデス・スチュワード。スコットランドではこの役職を持つものが王となりスチュワート王家につながるというのです。

スチュワーデスは今ではフライトアテンダントになってるけどattendantは付き添い・案内係の意味。スチュワードというと執事の上とはいえ使用人だからやめたのか?

とルーツを知るとなかなかおもしろいです。今ではこれらいろいろな召使の仕事は、仕事として独立している。ダスキン、クリーニング屋、シルバー人材センターなどがやるもろもろの仕事として。

こんな本もあります。
メリー・ポピンズは生きている―現代英国ナニー事情
メリー・ポピンズは生きている―現代英国ナニー事情
秋島 百合子 著 1991
 


posted by simadasu.rose at 09:22| Comment(6) | TrackBack(1) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

宗教としてのバブル・島田裕巳

宗教としてのバブル
宗教としてのバブル
 2006.3/25

題名のごとくバブルを経済現象としてではなく宗教現象としてとらえた本ということになっている。バブルは通常の経済現象を逸脱した現象だと氏はとらえていて、バブルを読み解くためには宗教現象の一つと見たほうが説得力のある説明ができるというわけで宗教学者である著者がバブルを論じようと思い立ったとしている。

最初ページをめくって「オレンジレンジ」の前向きな歌詞が気に入ってしまいCDまで買ってしまったというのに惹かれて読んでみようと思った。
氏は今やバブルを知る世代と知らない世代があって、いずれは若い後者が時代を担うのだから、バブルを語り継ぐ必要があると言っている。

オレンジレンジに代表される現在20位以下の層は物心ついた時にはバブルが崩壊し、生まれてこの方不景気しか知らない、不景気が日常という。いわれてみればああそうだなあと思う。しかしてバブルを知ってるそれ以上の層が浮ついた生活観があるのにたいし若い世代は堅実だという。

バブルの源について氏は高度成長までつながっていると見ている。オイルショックはショックであって経済の崩壊にはなっていないと見る。それまでの重厚長大産業から軽薄短小な産業へとシフトしただけという。

でなにかよくわからなかった本書。昭和28年生まれの著者の経験を織り込んだ世代感の分析がおもしろかった。さあ青春だ、就職だという時のオイルショックの不況、同時代を同年代で経験した部分が一番読んでてはおもしろかった。また自分の子供にあたるのが不況しか知らないというのもなにかかわいそう。バブルに踊った団塊と団塊ジュニアにまたしてもいい汁をすわれてしまってるではないか、と思ってしまう。しかしポスト団塊の島田氏、団塊の退職はイッキに世代交代が進む好機だととらえている。正にそうである。団塊の大量退職は好機なのだ!

バブルまでの好景気は熱病的な陶酔をもたらす力があり、それをもとに上昇志向で戦後日本人の勤労意欲を掻き立て社会を動かす原動力になった。しかし最終的にそれがバブルの崩壊に行き着いたわけで、時代に依存しない思想や価値観を持つことがこれからの世界のカギとなり、それはバブルを知らない若い世代に希望を託したいとしている。う~ん。

島田裕巳のHP
本書の著者インタビュー記事 バブルの原因はそれを受け入れた日本人の精神のあり方だと言ってます。




posted by simadasu.rose at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2006年01月27日

超バカの壁・養老孟司

超バカの壁
超バカの壁
 2006.1/14 新潮新書

平積みになって、オビにひかれ読みました。
これは口述のようです。

前著「バカの壁」では物事を理解しないのは自分でバリアをはってしまうから、と説いてましたが、じゃあ○○についてオマエはどう思うんだといろいろ聞かれるので、んじゃあ書いてやろうじゃないのと書いたのがこの本だそうです。

オビに「靖国問題」「反日の問題」「テロの問題」「お金の問題」「若者の問題」とかおもしろそうな言葉がずらり。養老氏がどう考えてるのか、というのに興味をひかれました。そうかねえと思うのもありますが、それは養老さんの考え。氏も自分の考えは100%正しいと思うからテロとか人間関係とかいろんな問題が出てくると言ってます。

一番の収穫は「若者の問題」でかかれてた仕事についての考え方。氏によれば仕事は社会に空いた穴を埋めることだという。とにかく目の前にある穴を埋める。それでなにがしかの金をもらう。しかし穴はきちんと埋める。仕事は自分に合ってなくて当たり前なのですと言う。

これは中年のわたしが、オウとうなってしまった。くたびれかけた日常に言い訳ともなるが開き直りともなる。
posted by simadasu.rose at 00:44| Comment(2) | TrackBack(1) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

大型店とまちづくり

大型店とまちづくり―規制進むアメリカ,模索する日本
大型店とまちづくり―規制進むアメリカ,模索する日本
 矢作弘著 岩波新書 2005.7

~スーパーは「焼畑商業」増える「グレーフィールド」さてどうしよう~


今昔ながらの商店街がシャッター通りになってしまい、その再生方法がいろいろ行われてるが一部を除きなかなかうまく行かないのが現状だ。自分の住んでる人口7万の街(今日から)でもたて続けに2店も郊外に出店した。
この本では大型スーパーやマクドナルドやスターバックスとかの均一店舗の進出を規制する動きや、実際に進出を阻止したアメリカの大小の都市の実情を紹介して、日本の様子も紹介している。

え?アメリカで大型店やチェーンストアの出店規制があるの?というのが驚きだ。アメリカの圧力で日本はアメリカの大型店の日本進出を許し、大型店の出店の規制緩和をしたんではなかったの(うろ覚えだけど)

<街の金太郎飴化>
大型スーパーマーケットを称して「ビッグボックス店」と呼んでいる。店の形状が壁の多い似たような長方形だからだ。またマクドナルドとかスターバックスはどこに建てるにも見せ構えを同じにするから、そういうのが多くなると街の景観が同じになってつまらなくなる。これを英語で「クッキーカッター」~日本語だと「金太郎飴化」とよぶ。

<焼畑商業>
そして大型スーパーは売れなくなれば、閉店して新しい店を他の土地に出す。閉店した店は荒れ放題、街は置き去り。焼畑農業ならぬ「焼畑商業」である。金が無くなったら捨てられてしまう男女の関係みたいではないか。工場跡地を「ブラウンフィールド」と呼ぶが、閉店した店舗跡は「グレーフィールド」と呼ぶ。

これはアメリカだけじゃなく日本でもある。佐野市のジャスコは古くからの市街地の端にあったが、それを閉店してそこから1km位はなれたところに2倍くらいの店を開店した。昔の小さなジャスコは灰色の口を開けた四角い化石みたいだ。

<アメリカの安売りスーパー>
ウォルマートというスーパーは雇用条件が悪い。フォード社が社員を厚遇してフォードが買える位の生活にしてあげて売り上げを伸ばしたのに対し、ウォルマートは低賃金にして、安いウォルマートの品しか買えない状態にして売り上げを維持している、というなんともブラックな話。

<対策は?>
アメリカのある都市ではマクドナルドなどの出店を許したが、お決まりの店構えではなく、古い建物の中に出店させて古くからの町並み溶け込ませた。

などなどなかなかおもしろかった。
郊外へ郊外へと発展する街並み。まるで地を這う植物のようでもある。
しかしそこが街のおもしろさでもある。

posted by simadasu.rose at 17:03| Comment(6) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2005年03月26日

大人になれないまま成熟するために

~前略。「ぼく」としか言えないオジさんたちへ
大人になれないまま成熟するために―前略。「ぼく」としか言えないオジさんたちへ金原瑞人著
2004.10/21

これも世代論だと金原さんは言っている。
金原さんは1954年うまれ。2年上で同世代だ。同世代と感じるのは上下2年、多く見積もって3年くらいだなあと思う。
ティーン向けの児童文学の翻訳で有名だが、最近は金原ひとみのお父さんと言った方が通りがよくなったかも。10年位前講演を聴いたことがあったのだが、見た目は今の方が若返っている。その時ある児童文学の場面で子供がお母さんに向かっていった言葉「お母さんまたサイモンとガーファンクル聴いてるの」というのを取り上げ「親父なんかは浪曲きいてたから、今の親子関係は変わったよね」と事音楽に関して親子で同じ曲を知っている状況になってきた、というのを話したのが印象に残っている。

昔は大人と子供の間にははっきりした川があって、子供を過ぎたある時点で川向こうに渡るときっちりした「大人」になった。だけど今は大人と子供の間に「若者」という時間ができ、気分はいつまでも若者で50になんなんとする自分は、未だに「ボク」と自分を呼び、それならそれでいいじゃないの、とつらつら述べたと言ったところ。

若者の変化というか概観を音楽と児童文学を通して述べた、といった感じか。
なんか焦点がぼやけた感じがする。だけど金原さんは好きだから、まあどんな事考えてるのかわかるからいいかな。

三浪して大学に入ったそうだが、「上の人たち・団塊が戦後的な価値観を壊すことに忙しかったのに対し、ぼくたちの世代には価値が壊れた後の風景がどんなものかを目の当たりにするところから学生生活を始めねばならなかった」というのはまったくその通り。学生運動の名残はかすかに残っていたけど、ほんの脇筋という感じだった。団塊世代の破壊を前に、休息が必要な時代に居合わせて三無主義と言われるはめになった、と。強いられた退却戦から反撃するのは破壊ではなく創ることへのエネルギーで、自分にとっては卒業後の児童文学の翻訳であり、世代的にみると、すぐ下の世代のオタク世代の活動だったのでは、と言っている。
posted by simadasu.rose at 00:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

なぜ人はショッピングモールが大好きなのか

なぜ人はショッピングモールが大好きなのかパコ・アンダーヒル著

先の「ファスト風土化する日本」に出てくるショッピングセンターに興味を持ち読んでみた。
アメリカを例にとって書いてあり、翻訳だし厚いので拾い読み。
なぜ買ってしまうか、を追求したのだが、裏を返せばどうすれば売れるのかということ。

ショッピングセンター内の各店の配置とか。
例えば入り口に一番売れる店子を入れてはいけないのだそう。
入ったばかりでは、まだ外の世界の雰囲気をひきずっていて、「さあ、買うぞ」という気が起きるのは店に入って5,6mたってからだそうだ。

フードコートは安く気軽に食事ができるが、それがあるとお客の滞在時間を増すという重要な役割があるそうだ。なるほどそうである。

同じ著者になぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学
なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学
があるが、こちらはなぜか読みにくくやになってしまった。
posted by simadasu.rose at 22:19| Comment(3) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする

ファスト風土化する日本~郊外化とその病理

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理三浦展著

近頃の犯罪~長崎バスジャックとか、佐世保小学生刺殺事件とか、青森武富士事件、桶川ストーカー事件、阿見町女子大生殺人事件などをあげ、その事件の起きた街の性格にある一定の共通項がある、と説く。
それは、古くからの中心市街地ではなく、似たような風景~新しいバイパスが通り、その沿線に電器量販店やホームセンター、ショッピングセンター、ファーストフード店があるのだという。
そこでは人間関係が希薄で、車を使った犯罪が起き易く、特に群馬、埼玉、栃木、茨城県境が接する北関東がその特徴が顕著だという。
著者はそれをファーストフードにかけて「ファスト風土化」と名づけた。

著者は1958年新潟生まれ。元パルコの情報誌月刊「アクロス」の編集者。
この経歴から、識者のなかには、なんにでもキャッチフレーズをつけて見方が皮相だという人もいるらしいが、まさにファスト風土化された所に住んでる身にとってはその風景は実感できる。

なにしろ写真入りで示されたいくつかのショッピングセンターの一つは、いつも行ってる所で、私はそこが大好きなのだ。もちろん好きなCDを聴きながら車で行くのである。

三浦氏の結論は、商店街回帰。自分が住んで働く町。雑多な人がいる街。例として吉祥寺をあげている。最近縁があって何度か行く機会があったが、確かに雑多な店があり、年寄りも若者もいる。

しかし地方の5万くらいの街の中心地は見回すとほんとさみしい。交通網もなく、しかも車の便利さを享受している地方小都市で吉祥寺のようになるのは、はなはだ難しい。
車でちょっといけばデカイ、何でもある店があるのだ。

検証・地方がヘンだ!―地方がファスト風土化し、液状化している!
これは上の本を基にムックにしたもの。地図入りでよけい三浦氏の説を実感してしまう。
posted by simadasu.rose at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・社会学 | 更新情報をチェックする
レンタルCGI アクセス解析 with Ajax Amazon