2017年05月30日

小林カツ代伝(中原一歩著)

私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝 -
私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝 -  2017.1

副題の通り、「ステーキ丼」や簡単ホワイトソースの作り方など、私の中で今もレシピが生きている小林カツ代さん。亡くなって早3年半近く。カツ代氏が笑顔でこちらを向く表紙を見て、ああ、伝記が書かれたのかと感慨深かったが、著者は男性。はて日常的に家庭料理を作ってなさそうな人が書いたカツ代氏の伝記で果たしてカツ代氏の業績が伝わるのかな?と思ったが、カツ代さんとは亡くなるまで15年あまり親交があり、ほぼ毎日のようにメールのやりとりがあり、それが決まって午前零時過ぎで、くも膜下出血で倒れる前日のメールは「焼きそばに生卵をつけて食べるとこれ絶品」だったそうだ。

料理の鉄人出演時の舞台裏が冒頭にあり、「主婦」と紹介される台本をめぐって、それを削った時のカツ代氏のホットな言動が紹介される。一体にカツ代氏は瞬間湯沸かし器と言われ、腑に落ちない場合は耳を真っ赤にして徹底抗戦したというが、相手の言い分もきちんときいており、納得すれば落とし所を見つけケロリと仲直りしたという。「主婦の延長線上の小林ではなく、料理研究家・小林」であるというのが氏の矜持であった。ここで主婦論争を出すとややこしくなるが、TV番組での料理紹介、料理本の出版と、その裏には並々ならぬ研究と探索と思考があり、そしてなにより”思想”があったとこの本を読んで思った。

この鉄人の章のあとに、「小林カツ代の家庭料理とは何か」の章があり、”家庭料理の場合、作り手も食べ手である”のがレストランのプロとの違い、また小林氏の家庭料理の三つの約束事、「おいしくて、早くて、安い」「特別な材料は使わない」「食卓にはユーモアがないといけない」が紹介されている。

この二つの章のあとに、大阪で商家の三女としての生い立ち、疎開、結婚生活、そして料理研究家として世に出るいきさつ、そして料理研究家としての活躍の数々が書かれている。

結婚して初めて作った味噌汁のあまりのまずさに大阪の母親に電話で作り方を教わった話、大阪のTVのお昼のワイドショーに「芸能人の話題ばかりでなく楽しく料理を作るコーナーでも作ったらどうか」という葉書を出し、それならあなたが作って下さい、というディレクターに応え「庶民のシューマイ」と名づけたものを作った話、夫の東京への転勤に伴いデザイン学校に通うが学校が閉鎖してしまいその顛末を書いた「ミセス漫画学校へ行く」を出版しそれがNHKの銀河ドラマ「てんてこまい」に樫山文江主演でドラマ化された話、などの初期のエピソード。

続いて料理家としての自宅キッチンでの撮影やTV出演、また二人の子供たち、また夫との関係なども取材に基づき書かれている。ミスターと呼ばれる夫は、大阪での最初のTV出演はもちろん、カツ代氏の活動には常に後押しをしていたという。が最後には離婚に至ってしまった。そこら辺の二人の真意はわからないが著者は出版直前にミスターと会うことができ「カツ代ほど変化した女性はいなかった。次は何をしでかしてくれるのか、不安がなかったら嘘になりますが、その彼女の挑戦を応援することは私の喜びでもありました。」と言っている。

読み終えると昭和から平成を全速力で駆け抜けたバイタリティあふれる1個の人間の生きざまが伝わってきた。

関連本「小林カツ代と栗原はるみ」 拙ブログ2016.7.9
「小林カツ代さん」
 拙ブログ2014.1.28



posted by simadasu.rose at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・歴史地理伝記 | 更新情報をチェックする
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