2014年12月30日

ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー)

ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) -
ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) -  村上春樹訳

BSのドラマを見て面白かったので、ドラマ2回目あたりで読んだ。ドラマでは浅野忠信演じる探偵と、綾野剛演じる男、二人の友情を頑なにまっとうせんとする二人の不器用な男はあくまでかっこよく、そして小雪はあくまでミステリアスに、このハードボイルドといわれる世界をどっぷり描いていた。

かたや原作の小説。ドラマとはいささか登場人物の印象はちがう。綾野演じたマーロウも小雪演じる妻のシルヴィアもえっ、そうだったの、とかっこよさは無い。マーロウだけは浅野の演じた探偵とタイプはいささか異なるが、ひとり私立の探偵業で生活の糧を得ている己の信念に基づく生活スタイルを貫く渋い男、であった。

また、英語の文体というのは、こうも物事を描くのに修飾、いや日本語とは発想がちがうんだな、というのを感じる世界が広がっていた。解説で村上春樹が「グレイト・ギャツッビー」との相似として、テリー・レノックスがギャツッビー、マーロウは語り手のニック・キャラウェイだと書いているが、それ以上に、ギャツビーと似た言い回し、文体を感じた。別な言い方をすれば回りくどい。ただ英語の小説がみんなそうかというと、つい最近読んだクリスティはそうでもないから、やはりチャンドラーの世界なのだろう。で、その長々とした文体がこの小説の魅力となり、探偵マーロウと渾然一体の世界を作っている。まあかっこいいセリフをマーロウに話させている。小道具はギムレットですね。p33、586、588

BS「ロング・グッドバイ」

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ルーティーン(篠田節子)

ルーティーン: 篠田節子SF短篇ベスト (ハヤカワ文庫JA) -
ルーティーン: 篠田節子SF短篇ベスト (ハヤカワ文庫JA) -  2013.12.25
10の短編が収められている。「子羊」「世紀頭の病」「コヨーテは月に落ちる」「緋の襦袢」「恨み祓い師」「ソリスト」はすでに単行本等に収録済み。「沼うつぼ」「まれびとの季節」「人格再編」が雑誌に発表のものがここに収められ、標題の「ルーティーン」は書きおろし。

「ルーティーン」は団地に妻と子供二人がいるサラリーマンの話。ある日の帰宅途中、夢遊病のように家の前を通り過ぎる。以後名前を無くして1人で工場労働者として20年。でまたある日フラッシュがたかれるように元の団地の扉を開けると、何事もなかったかのように「おかえり」と迎えられる。「父帰る」ではなく、自分は失踪しているのに、別の自分がいる生活があった。人生も中盤を過ぎると、振り返った年月は夢かうつつかわからなくなる。そんな感慨がやけにリアルに迫ってくる。
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2014年12月29日

春にして君を離れ(アガサ・クリスティ)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) -
春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) -

ミス・マープルをBSでみて、なぜかはまってしまう。でクリスティを何か読んでみたくなり、マープルの原作ではなく何か別の、と思いちょっと検索してみると探偵ものではないというこれが出てきた。で近くの本屋に行くと偶然にも?あった。

初版は1944年。舞台設定は1930年のようだ。いやはやなんとも、解説で栗本薫が「哀しくて恐ろしい」と書いているがまさしく。一昨日読み終えているが、大掃除と餅つきをしながら、この本のシチュエーション、主人公の主婦ジョーンを自分にあてはめてしまう。

イギリスの片田舎の主婦ジェーン。48歳で子供3人はすでに独立。バグダッド近郊にいる娘への見舞いの帰路、列車の遅延で宿に連泊する間にこれまでの親子関係、夫婦の関係に疑問を抱き始める、というもの。一言でいってしまうと、自分中心に関係を見てる、一人がてんのおめでたい人だった、実は。といっては元も子もないか、でも、1944年に書かれたこれが、70年後の2014年の、日本の58歳の自分にじわーと沁みてくる。

農業をやりたかった夫を、家業の弁護士へと就かせ、子供たちは完全にはジェーンの進む方向には行かなかったがまあ、結婚して落ち着いたし、と満足していた。一人宿で思い返すうち疑問を抱くのだが、とどめは最後の夫の言葉である。「どうか、きみがそれに気づかずにすむように」 なんと恐ろしいことであろうか。しかしまた、自分をジェーンの子供にあてはめてみると、自分の母はまさにジェーンそのものだ。夫の言葉をそのまま母に言うだろう。栗本薫言うところの機能不全家族だったのか。ジェーンの娘も手紙で父に「どうかお母様には何も言わないで」といっている。自分も同じように面倒くさいことは母親には何も言わない。知らぬまま逝かせたい。クリスティはそういう意味で、帰りの車中では、己の自己満足に気づいたジェーンを、最後の最後で元のもくあみに戻したのか。

クリスティ54歳の時の刊行である。クリスティは学生時代に短編集5冊を続けて読んだきり。短編だと、事件のための事件みたいなとこもあった気がするが、この人間洞察には恐れ入る。しかしさすがイギリス、植民地支配の影響やすごい、カイロ、バグダッド、トルコの宿の従業員はインド人。帰りはヨーロッパ横断の列車の旅である。

シェイクスピアのソネット98番 春にして君を離れ 「壺齊閑話」さんのBlogに原詩と訳が載っていました。
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黄河源流 星宿海メモ

BSで「星の生まれる海へ〜中国・黄河源流への旅〜」を見たのだが、後篇、つい数時間前ですね、かんじんの最後のところで眠ってしまった。というわけでその「星海宿」がどんなところなのか分からずじまい。・・なんというか、番組のつくりとしてはう〜んちょっと退屈? 昔「大黄河」という番組を見た時は源流の場面では最果てのところの臨場感があった気もするが。。 最近の番組の傾向として、直前に放送していた百名山を踏破する人を主眼にその道程を映す、というのを見慣れているせいか。

ともあれ検索してたら、おなじ星宿海へマウンテンバイクで行った安東浩正さんのページをみつけました。
「遥かなる黄河源流行」 星宿海のさらに先にも麻多村という遊牧民の村落があるようだ。

この方は、以前にも同じチベット地区にやはりマウンテンバイクで行っていて、
チベットの白き道―冬期チベット高原単独自転車横断6500キロ -
チベットの白き道―冬期チベット高原単独自転車横断6500キロ - 1999.3 こんな本を出していました。

この黄河源流を扱った小説で井上靖の「崑崙の玉 」 というのがあるようです。安東さんはこの小説を読み源流への思いを馳せたとありました。

グーグルマップで安東さんの行った麻多村を見つけました。 安東さんのページによると、その麻多村の村長さんの話で、源流の泉はさらに70キロの奥、ヤクの頭蓋が置かれているという。 さて、番組ではどうだったのか。

安東さんのHP「ヒマラヤン サイクリスト」

☆なんと家人が録画をしてくれていました。1/1視聴。TVは星宿海に行きついた所で終わっていました。小泉さんの論文のとおり、湖の回りは硬く、ロケ隊も車で通り、ほとりに2組の遊牧民のテントがありました。羊が大小の湖の間を草を食んで歩きまわっていました。学齢前の子供二人でしたが、学齢期になると遠く黄河のほとりの小学校へ寄宿するそうです。ヤクのバター、麦の粉、ミルクティーを入れて、指で練って食べていました。水は湖からとり、湖で水浴びするとかはせず、あくまで聖なる水としてきれいに保っている。夜の映像もあり、湖に星を映した映像を流してくれました。

その他の記事
黄河源流地図 いくつか説があるようです。 (朝日新聞グローブ)2009.7月? 朝日新聞編集委員加藤千洋氏の取材。テレビ朝日報道ステーションで放映されたようです。

黄河源流域の三種類の池沼群(小泉武栄)(地学雑誌98-1、1989) 星宿海は尾瀬沼のようなズブズブと足がハマってしまう高層湿原ではなく、その回りをジープで走れたとあります。雨季の黄河の水が窪みにたまったものとしています。さらにもっと源流域にも池沼群があったとあります。

夢幻旅行 各地の花を紹介しているblog 2013.7に「アムネチマンと黄河源流の花」と題する旅行記。参考文献が豊富。

メモ
遥かなる河源に立つ (NHK大黄河) -
遥かなる河源に立つ (NHK大黄河) - 1986 NHKの取材 「大黄河」として放送
1985 読売新聞社「黄河源流を探る」 小泉氏が参加した探検隊の記録本。
黄河源流からロプ湖へ (西域探検紀行選集) -
黄河源流からロプ湖へ (西域探検紀行選集) -
ロシアの探検家ブルジュワルスキーによる1876,1883の2回の探検記録を収録。
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2014年12月24日

田舎でロックンロール(奥田英朗)

田舎でロックンロール -
田舎でロックンロール -  2014.10.30

1972年〜1977年までの、奥田氏中1から高校3年までの洋楽ロック青春記。
奥田氏がロック好きなのは小説のはしばしからこぼれていたが、この本でその履歴が明かされる。
同じようなものにイラストレーター牧野良幸氏の「僕の音盤青春記1971-1976」がある。牧野氏は愛知県岡崎市。奥田氏は岐阜県各務原市。牧野氏のも中学から高校にかけてのもので、70年代に、田舎で、中高時代に洋楽に目覚めのめり込んでゆく、という図が描かれている。同じ時期、同じような田舎で、ラジオから、何か今まで聴いてきた日本の音楽とは違う、聴いたことの無い、ワクワクする音とで出会う、このワクワク感、初めて経験する、というこれが青春だろう。

奥田氏は、中一になり小遣いでラジオを買う。最初は南沙織や天地真理などの歌謡曲、そしてフォークに移り、AMラジオにリクエスト葉書を出す。半年もすると外国のポップスに心をとらえられ始める。「木枯らしの少女」「愛するハーモニー」「気になる女の子」・・(ああ、なつかしいですねえ。深夜の暗闇のラジオからの音) これら外国の音楽に惹かれた理由を「なぜかしらん、自分でもよくわからん。西洋に対するあこがれがあったのか。」「外国のポップスを聴くと、日本の音楽はどれもみすぼらしく感じ、もう歌謡曲にもフォークにも戻れなくなった」とある。英語に関しては「ボイス、楽器として聴いている」と。ここがまったく同じだ。

日本語の歌が好きな人にはよく、意味もわからないのに、といわれるが洋楽に夢中になるタイプは、英語、歌詞の部分は楽器として聴いているのである。ここのところが、邦楽派か洋楽派かへの分かれ目ではないか。

当時外タレ(古語ですか)は東京にしかこないものと思っていたが、名古屋にはけっこう行ってたんですね。氏は高校時代にクイーンとかサンタナを名古屋で観ている。
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ミストレス(篠田節子)

ミストレス -
ミストレス -  2013.8.20

恋愛に関する5編。いずれも幻やホラーがある篠田ワールドでの恋愛様態。

「やまね」は冬眠する習性がある弱弱しい女性に恋してしまう男性の話。5編の中では一番きらいなタイプの女性なのだが、読んで印象に残ってるのがこれとは皮肉。
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長女たち(篠田節子)

長女たち -
長女たち -  2014.2.14

いずれも兄弟姉妹がある長女と母との関係を描いた長編が3つ。一番あるあると印象に残ったのが最初の「家守娘」

2人の姉妹。勉強のできた優秀な長女。結婚して一子をもうけるものの子供を置いて離婚し実家に戻ってきた。方や勉強はできなかった妹は夫の両親と同居し、「嫁」として「主婦」として世間並みの常識とともに「成長」してゆく。今やぼけ始めた母の面倒は、ひとり長女である姉にかかっている。妹の前では母は正常で、婚家が大事とまったく妹は母の面倒を見ない。ついに姉はボケ始めた母の面倒をみるため会社をやめてしまう。「自宅で不愉快な年寄りと二十四時間付き添うのに比べれば、会社の仕事など遊んでいるようなものだ」・・・まったくその通り。よく言ってくれたぞ、篠田さん。とはいえ、付き合っていた男にだまされそうになると、結果的に土地と母という最大の重圧が姉を救う事になったりと、最後には母に花を持たせるところが、篠田氏のやさしさか。うーん、しかし、しかし、まったく戦前の価値観で生きている母は重いぞ。重すぎる。家守り娘が完全に自由になるのは母の死をもってしかない。この感じ、嫁に行った妹には分からないだろう。
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