2018年01月20日

その言葉を(奥泉光)

その言葉を (集英社文庫) -
その言葉を (集英社文庫) - 1993.8.25刊

「飛楽俊太郎と再会したのは、ぼくが二年間の浪人の後、東京の中堅私大に入学し、東北の田舎町から上京してアパート住まいを始めた年の暮れ、1976年のことであったと思う」と始まる冒頭から、当時の70年代後半の時代の、同時代を過ごした空気が立ち上ってきて、どんどん引き込まれてしまった。

初めて読んだのはこの文庫本が出た93年から程なくだったと思うが、長らく本が行方不明になってしまっていて、それが部屋の整理をしたおかげで出てきたのでまた読んでみた。なんと93年からは25年も経っているのだ! 初出が「すばる」1989年10月号なので、書かれたのは12,3年位前を回想する、という形だが、今年からすると42,3年前ということになってしまうのですねえ。

ぼくはごく普通の高校生で、大学生だ。ジャズ研に入ってジャズ喫茶に入り浸っているが、一方再会した飛楽は、東北の片田舎で近隣の田舎秀才の集まる高校にあって異彩を放っていた俊才だったが、高校三年の夏に故郷を出奔する。長髪が短髪になり作業服を着て河川敷で一人サックスを吹いていた。3年の間に何があったのか。ジャズ喫茶に集まる飛楽と関係のある年上の女性ビリーさんは、飛楽について「何でもいいから、彼が他人に向けて、誰でもよい誰かに向かって、言葉を発する必要がある」という。

「その言葉を」は高校から大学、そして社会人へと連なる10年間、そして飛楽の最後の情報に触れる86年の事を、現在のぼくが語るという形式で描かれる。ぼくはごく普通の高校生であったし、今もそれなりに学生生活を楽しんでいてそして社会人になる。そこに現れた飛楽は高校でも、ジャズ喫茶でも、ぼくとは違う次元の存在として異彩を放つ。そこに学生運動の最後尾に触れた飛楽、という設定が加わる。

あとがきには「ぼくの生きてきた時代の風景を小説の語りのなかに写しとろうと試みたもので、多くの作家が青春の終焉を確認するところから創作をスタートするなら、その意味では処女作にあたるかもしれない。だから内容はどうしても気恥ずかしく照れ臭いが、深い愛着がある。同じ時代を生きた人の共感を、密かに、熱く望んでいることもまた告白しておきたい」とある。その意味で奥泉氏とはひとつ違いの自分はまさに、同じ時代の空気を吸っていた。描かれるジャズ喫茶、すでに歴史となっていたコルトレーン、ひとり河原でサックスを吹く飛楽の姿には異質だが何か自分のどこかにある一部分も感じたりもする。

再会した飛楽は変貌していたが、ぼくもそれは同じなのだ。変貌に対する戸惑いと受容。再会と別れ。2018年の今70年代は遥か彼方で、しかしすぐそばにあるようだ。

作家の読書道 奥泉光 小説では高校の自由研究授業でカミュの「異邦人」を読んだとあるが、氏の川越高校時代に自主講座がありカフカの「変身」を読んだとある。小説では大学入学時に東北から東京に出てくるが、奥泉氏は母の実家の山形で生まれるが、ほどなく東京埼玉に引っ越し育ったとある。小説に出てくる「近隣の田舎秀才の集まるぼくたちの高校」は川越高校もモデルになってるのかも。飛楽は「異邦人」を原典のフランス語で読んでいる噂、ということだが、こういう、ひとつ抜けた人、っていうのがクラスに1人はいたなあ、なんて思いだした。
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2018年01月19日

すごいトシヨリBOOK(池内紀)

池内氏がNHKラジオでの「著者からの手紙」コーナーに出ていて(2017年11月)、この本の内容について77歳の今の生活を語っていた。それがなんだかおもしろく、あったかくて楽しそうだった。

すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる -
すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる -  池内紀著 朝日新聞出版刊2017.8.15

現在77歳の池内氏。老いは70歳を境に急速に現実化したが、目を背けず、現実を楽しむことだという。
人生に行きと帰りがあれば50歳あたりで下り坂。しかしリタイア後のこの下り坂が楽しくないと、せっかく生きてることもとてもつまらなくなるという。しかし季節は冬が来たら次は春が来るが、人生の残念な点は、春はもう来ない、というのが老いの無慈悲なところだとのたまう。

本はラジオの語りがずっと続く感じ。「二列目の人生」 「世紀末と楽園幻想 」 などを読んだことがあり、ドイツ文学者として多数の著作があり、仕事も十分にやったとはた目には見えるが、それでもなお、楽しみを見つけて老いの人生を楽しんでいる池内氏。

老人になると体力的にも記憶力的にも劣ってきて、「深海魚」だという。「深海魚」は水圧のために目玉が飛び出たり、口がカーッと開いてたりするが、歳月も深い海と似て、長生きをしてくると過去の重荷で体が曲がったり、顔が歪んだりしてきたりする、と。新しい言葉や考え方に馴染めない、考えや判断の基準が古い、「ああ、これが老いなんだ」と見極めればいいのです、という。

自分の老いへのガイドはもちろんだが、配偶者の老いへの理解に役立ちそう。


また、年末だったか五木寛之氏がテレビで、年取ることは登山に例えると下山で、登るより下山の方が難しい。だけど見晴らしはいいんだ、と語っていた。その考え方がおもしろいと思った。
孤独のすすめ - 人生後半の生き方 (中公新書ラクレ) -
孤独のすすめ - 人生後半の生き方 (中公新書ラクレ) -  2017.7.6刊
最新のこの本でも、下山の思想を書いている。

下山の思想 (幻冬舎新書) -
下山の思想 (幻冬舎新書) -  2011.12.9刊
随分前に下山の考えは言っていたのだ。

ラベル:老い
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2018年01月13日

サーミの血(映画)

北方の少数民族サーミに生まれた少女の成長と、民族への複雑な思いを、スウエーデン北方の自然を背景に描く。

サーミはラップランドという言葉と、絵本などで少し知っていたが、歴史や生活についてほとんど知らなかった。新聞の映画評で少数民族の少女の話とあり見てみたいと思った。

舞台は1930年代スウェーデン、まず感じるのは北方の森の豊かさ、目にも鮮やかな、さまざまな緑。そして主人公の少女エレのたくましさだ。まだ見ぬ世界への渇望、勉強したい思い、それが少数民族という出自のためにままならないのを力強く突き進んでゆくたくましさが並々でない。最後は街に出てこれから、というところで唐突に終わる感じかしたが、街に出るまでの強い思いと葛藤こそが描きたかったことかと思えてきて、むしろ強い渇望が強調された気がしてきた。

冒頭は、街で暮らす、成長し年老いたエレが、故郷に残った妹の葬儀に参列するために帰る場面。葬儀はキリスト教会で行われている。息子と10歳くらいの女の孫もいっしょだ。エレは教師をしていたといい、故郷に残った妹は毎年、姉の分のトナカイに印付けをしていた、と村人に言われるが、サーミの出身であること、故郷に帰ること、葬儀への参列も拒んでいる。だが現代風の背の高い息子は、サーミの血を引いているのを気にしているようではない。サーミのトナカイの儀式を自分の子に見せたいという。

主人公エレ・マリャはスウェーデン北部のサーミ人でサーミ人のみが通う寄宿学校で妹と共に暮らしている。寄宿学校の生徒は小中学生といったところで男女総勢20人位。トナカイを飼うテントのある家から野山や湖を1日がかりで越えて着くのだ。青、赤に刺しゅうの入った独特の民族衣装を着ている。スウェーデン人の女教師と寮母がいて、サーミ語は禁止、スウェーデン語とキリスト教を教えられている。寄宿学校は街から離れた森の中にあるが、付近に住むスウェーデン人からは、サーミだと言って好奇の目で見られている。

寄宿学校では、偉い人の来客があり、優秀なエレはスウェーデン語の詩の朗読者に選ばれ得意になるが、その後調査と称し、身体計測が行われ、さらに裸での写真を撮られ、耐え難い屈辱を味わう。先生はサーミ人の顔が写った調査本を見ている。

寄宿学校で成績の良かったエレは上級学校に進みたいが、サーミは法律で許されていない。干してあった先生のワンピースを着てスウェーデン人の夏祭りに潜り込むが、そこで会った青年に好意を抱く。サーミの外の世界への強い願望、勉強を続けたいエレは青年を頼り街へ出る。途中の汽車の中で、ワンピースを盗み、民族衣装を焼く。

本多勝一の「カナダエスキモー」を高校の時読んで以来、極北や少数民族に興味を持っていたが、サーミ人の置かれた状況、歴史を映画で初めて知った。しかし先生が見ている民族の顔写真や、調査での身体測定など、調査される側に立つと、いかにそれが屈辱的なものか、こちら側の我々は考えることすら無かったのではないか。この映画をみながら、日本でのアイヌの状況を思った。監督自身サーミ人の父を持ち、サーミの唄「ヨイク」を歌って、と言われ、またサーミ人の血がどれだけ混ざっているのかとよく質問されるという。きっとその質問に対する違和感がこの映画を撮った根本にある気がする。

サーミ人も含め、少数民族は減少の道を辿っているが、主人公エレの都会へのあこがれ、まだ見ぬ世界への興味は、少数民族でなくても抱く感情だと思う。ただそれに、差別されていた少数民族だった、というのがからんで、この少女の成長物語はできている。

監督のアマンダ・シェーネル監督(女性)は1986年生まれ、スェーデン人の母親とサーミ人の父親を持つ。映画の中のエレ・マリャの息子にあたるわけだ。

監督、主役レーネ=セシリア・スパルロク インタビュー (WEB DICE)映画中のサーミ人は皆本当のサーミ人で、主役のレーネは1997生まれでノルウェーでトナカイ放牧をしているという。レーネによるとノルウェーでは80年代になるとサーミであることに誇りに思う傾向が強くなったという。

「サーミの血」公式HP

サーミとは(デジタル大辞泉)

サーミ (スウェーデン観光文化センター)

「ノルウェーとスウェーデンのサーミの現状」2013北海道大学 アイヌ民族の復権に関する基礎資料を得るため比較対象として調査した。



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2018年01月11日

人口減少と社会保障(山崎史郎)

人口減少と社会保障 - 孤立と縮小を乗り越える (中公新書) -
人口減少と社会保障 - 孤立と縮小を乗り越える (中公新書) -  2017.9刊

実務に基づき年金、国民健康保険、介護保険などのしくみと財政運営の現状、少子高齢化と人口減少社会に向けての打開策を述べた。もうすぐ年金をもらう身、のほほんと頂いていいのか実情を知りたくて読んでみた。
著者はミスター介護保険と呼ばれた元厚労省の役人。社会保険のしくみを、戦後国民皆保険となった歴史的経緯と、財政の現状と考え方を分かりやすく説明。実務担当者にとっても考え方を整理するのに役に立つのでは。

後半で人口減少社会に向けた展望を述べているが、生涯現役で働けるうちは働くべしと言っていて、組織に属するのはもうたくさん、と思っている身には耳が痛い。
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2018年01月10日

コンタクト(BS)

コンタクト 特別版 [DVD] -
コンタクト 特別版 [DVD] -  1997公開 アメリカ映画 原作カール・セーガン

だまされたのか?いやちがう?

「メッセージ」のレンタル店でのうたい文句に「『未知との遭遇』(1977)『コンタクト』(1997)に続く「ファーストコンタクト」SFジャンルに新たな傑作が誕生」などとあり、時運よくBSで放送されたのを見た。

97年作、ジョディ・フォスター主演、監督ロバート・ゼメキス、原作カール・セーガン 有名どころ、ヒット作どころが揃っているじゃないか。天文好きの少女は長じて初志貫徹し宇宙からのメッセージを探索している。ある日メッセージをキャッチし、メッセージの意味する記号を読み解こうとする。そこに解読のヒントと資金も援助する謎の資産家ハデンが現れる。記号は宇宙間移動装置の設計図で、宗教、政治、性別、幾多の苦難を乗り越え設計し一人乗りのその乗組員に選ばれる。移動に向け発射されると目の前には亡き父や壮大な宇宙が現れるが、あえなくその場で壊れてしまう。見た目にはどこにも行っていないのだ。

うーん、宇宙ポッドがおもちゃみたい、念のため複製を作っていた場所が知床の付け根で、北の果てで秘密にされたことになってるが、知床の先端だってみつかるんじゃないの? となにか肩透かし感。こちらの理解不足なのか。となると、実は解読のヒントを与えた謎の資産家に踊らされていただけだった、というはっきりしたオチの方がすっきりする。しかし原作のカール・セーガンは天文学者だし、やはり宇宙からのコンタクトは本物だった、としたかったのか。

コンタクト(キネマ旬報DB)


コンタクト〈上巻〉 -
コンタクト〈上巻〉 -  原作:新潮社1986刊


未知との遭遇 ファイナル・カット版 (字幕版) -
未知との遭遇 ファイナル・カット版 (字幕版) -  このコンタクトの少し前、「未知との遭遇」もBSでやっていてこちらも見た。公開当時はすごい話題で昔TVで見た記憶もあるのだが、光り輝く宇宙船からあの有名すぎる5音のメロディが降りてくる、という場面しか覚えていない。今回見ると、時代設定は公開時としたのか女性のファッションや髪型がすごく昔感を感じる。内容もあれ?こんなの?という感じ。5音のメロディと光がそれほど全面には出ていなくて不思議に感じた住民の行動に焦点が当たっている。40年前だものなあ。「2001年宇宙の旅」を今みたらどうだろうか、色あせてみえるのかな、ちょっと見てみたくなった。


posted by simadasu.rose at 21:31| Comment(0) | 映画 | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

メッセージ(DVD)

メッセージ [DVD] -
メッセージ [DVD] -   

公開時に見逃したのでレンタル。未知との遭遇的なものかと思って興味を持った。が、あまり面白さは感じられなかった。映像的にもいまひとつ。映画館の大画面でみれば少しはいいかも。意思の伝達、言葉、について、生命体同士がどう疎通し合うのか?といったとても哲学的な内容なのだと思う。これは原作の方がおもしろいのではないか、また映画では理解できなかった部分も言葉で説明されているかも。原作を読んでみたいと思わせるところが優れたところか。

監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは2016にこれを撮ったあとブレードランナー2049を撮っている。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF) -
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF) -  2003.9刊 表紙は今回映画のに差し替えたのか。
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2018年01月08日

わたしを離さないで(DVD)

わたしを離さないで [Blu-ray] -
わたしを離さないで [Blu-ray] -  2011.3公開 イギリス映画

本の「わたしを離さないで」を読み始めて10ページ位のところで、映画を先に見てしまった。

臓器提供のために生まれた子供たち、が主役なことは分かっていた。すると、篠田節子の「子羊」や、映画「アイランド」を思い出す。「子羊」は95年発表、「アイランド」は2005年公開。本「わたしを離さないで」は2005年発表。「子羊」も「アイランド」も臓器提供のためクローンの子供がいて、「子羊」に至っては”神の子”と称し臓器ごとに何人も存在し本当の?人間として育った兄弟のために臓器を提供する。2作品とも”その日”を境に居なくなるがその先どうなるかは子供自身は知らない。だがあるきっかけで培養世界から逃げ出す。

この2作品とイシグロ作品はどうちがうのか? 2001年に書き始めたというが、イシグロ氏のインタビューを読むと「わたしを離さないで」は、限られた生を持つ人がどのようにふるまうのかを書きたかったということで、「限られた生」の設定として試行錯誤しクローン羊の誕生などからヒントを得て、クローンに落ち着いたということだ。

「子羊」や「アイランド」が事実がわかるにつれ、臓器提供という行為に暗い恐ろしさを感じ、逃避行にハラハラドキドキし、SFの醍醐味を感じるが、この「わたしを離さないで」はとても静かだ。キャシー、トミー、ルーシーの3人の”培養期間”ともいうべきヘールシャムという寄宿学校での日々。トミーをめぐるキャシーとルーシの淡い三角関係、そして”その日”を待つための大人の施設(病院)での日々。映画はキャシーが30歳位になって寄宿学校での日々の回想と、現実の”その日”までの日々で進む。なぜこんなに皆静かなのか。ここでは臓器はその人体が耐えうるまで何回か取り出され、トミーの背中には1回目に取り出した痕の筋が隆起している。でもトミーは静かだ。

なぜ皆受け入れているのか?それを映画をみて理解することはできなかった。しかし静かな不思議な余韻が漂う映画だった。

イシグロ氏のインタビューによれば原題の『Never Let Me Go』は「絶対に離さないで」でこれは不可能なこと。そういう状況でいかに愛が強いか、永遠に一緒にいたいという気持ちの強さと、それがかなわない悲しさを表現したと言っている。そしてクローンの設定は、読む人が「人間であることに一体どんな意味があるのか」と思わずにはいられなくなるためのもので、「魂とは何か?」というドストエフスキーの愛読者の間で繰り返し問われて来た設問に、非宗教的な角度から道を付けたと思っているという。

また氏のテーマともいうべき「記憶」がここでは生きるための道具となっているという。キャシーはトミーもルーシーも失うが、ヘールシャムでの3人の友情の日々の記憶は誰も消すことができない。その記憶を語ることがキャシーにとって死に対抗する、生きるための武器になっているという。失われていくもの、失われていく人々が、思い出として残り、様々な記憶で語られることが重要だったと。

ここまで解説されて、「記憶」の効用、日々の生活での意味する所、に気づくなんと鈍い頭か。「魂」とは「記憶」なのか。甘い記憶だけでなく残虐な記憶でも効用足りうるのか? 短い生でなくとも、人生も現役を退くと昔の「記憶」はふいに顔を出し、いやな記憶は無視し、生活をやり過ごそうとする。「記憶」こそ生きた証とも言えるのか。

シャーロット・ランプリングがヘールシャムでの先生役で出ていた。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) -
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫) -

静かな黄昏の国 (角川文庫) -
静かな黄昏の国 (角川文庫) -  「子羊」所収。「ルーティーン: 篠田節子SF短篇ベスト」 (ハヤカワ文庫JA) - 「ゆがんだ闇 」(角川ホラー文庫) - にも収められている。

アイランド [DVD] -
アイランド [DVD] -  原作本は無いようだ。

posted by simadasu.rose at 16:25| Comment(2) | 映画 | 更新情報をチェックする
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