2017年04月10日

T2トレインスポッティング2

前作から20年後の設定で出演者も監督も同じ。前作はお店でイチ押し展示されてたCDを視聴し1曲目の「ラスト・フォー・ライフ」に圧倒されて映画も見に行ったのだった。ラスト・フォー・ライフは確か冒頭で出てきたような気がするが、もう記憶があいまいだ。ただ当時、もう若者でなかったので、主人公がかなり年若いガールフレンドを家に連れ帰った時の親の方の気持ちになったことを覚えている。そして舞台はエジンバラ、亡き友を偲んで訪れた所はハイランド、というのが今回分かった。前作はそれも分からずみてたような気がする。というのもウイスキーに興味を持った2年前以来、ハイランド、ローランドなるスコットランドの地理が少し分かりそこら辺も興味深かった。また前作では気付かなかったが、英語も方言があるのか今回教科書英語とはまるで違って聞こえた。

主人公たちは46歳の設定である。あのどうしようもないけど突き進む青春の息吹がびんびんと満ちていた20代から20年。容姿と周りの状況は否応なく変化したけど、どうしようもない中身は変わってない。しかしまだ46歳だよ、これからまだ20年あるぜ、ひと花咲かせられるぜ、と還暦を迎えた身では思ってしまった。

T2映画HP

T2 トレインスポッティング -オリジナル・サウンド・トラック - ARRAY(0xf258430)
T2 トレインスポッティング -オリジナル・サウンド・トラック - T2サントラCDが既に出ている。T2では「ラスト・フォー・ライフ」はプロディジー。

トレインスポッティング - ARRAY(0x11998ae8)
トレインスポッティング -  1作目CD。イギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」はやはり圧巻。

トレインスポッティング [DVD] -
トレインスポッティング [DVD] -  


T2 トレインスポッティング〔上〕 (ハヤカワ文庫NV) -
T2 トレインスポッティング〔上〕 (ハヤカワ文庫NV) -  原作は9年後の30台半ばであるようだ。

トレインスポッティング〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV) -
トレインスポッティング〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV) -  1作目原作。
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2016年12月29日

コナン・ドイルの事件簿〜シャーロック・ホームズ誕生秘史(DVD)

コナン・ドイルの事件簿 VOL.1 [DVD] -
コナン・ドイルの事件簿 VOL.1 [DVD] -
2000〜2001にかけてBBC制作のドラマ。町の図書館で1本借りてきたらはまってしまい全5巻を2日間で見てしまいました。

主人公はホームズの作者のコナン・ドイル。ホームズはドイルの医学校時代の恩師ベル教授がモデルである、というのはシャーロキアンならば周知の事実、ということらしいですが、なんとまったくこのドラマを見るまで知りませんでした。4巻を最初に見たのですが、医者のドイルが事件解決のため恩師のベル教授を呼び、それをメモに残している、という場面があったので、教授がホームズでワトソンはドイルなのか、と気づいたのです。

1巻ではひょんなきっかけからベル教授の助手になり、また父の懐中時計からベル教授に父親の病気と来歴を言い当てられ、たくさんの兄弟のいる実家、若き日の医学生ドイルがとても生き生きと描かれています。またベル教授もとても魅力的なおじさんに映ります。時代設定は1800年代後半ですが、セットが当時のイギリスの状況をリアルに表現して、同じBBCドラマのジェレミー・ブレッドの「シャーロック・ホームズの冒険」 を彷彿とさせます。また女子医学生と恋に陥るドイルですが、当時、女子学生が大学で学ぶ苦難も描かれています。

ホームズだと、事件そのものが全面に出て(あたり前ですが)、ナゾを解くホームズと、「どうだね、ワトソン君?」と、ワトソンは謎解きに関してはちょっとばかにされてるような設定となっていますが、このドラマを見ると納得しました。自身のベル教授との関係は師弟関係ですからね。また実際のドイルの恩師のベル教授は現場や死体からのプロファイリングを得意としていたようです。

脚本は、まったくのドラマオリジナルのようですが、ホームズものを掛けているいるものもあります。2巻「惨劇の森」では自転車に乗る女性が見知らぬ者に後をつけられる、という設定で、これはホームズにも同じ設定の「美しき自転車乗り」があります。特に第5巻のダニエル・ボイルは「トレインスポッティング」 の監督と知ってびっくり。5巻は謎が入り組んでいます。ドイルの弟がたまに出てくるのですが、これまたやんちゃでおもしろく、何巻かの最後でベル教授からプレゼントを貰い、それがあのホームズの被っている鹿撃帽なのには思わずニンマリしました。

コナン・ドイルの事件簿 DVD-BOX シャーロック・ホームズ誕生秘史 -
コナン・ドイルの事件簿 DVD-BOX シャーロック・ホームズ誕生秘史 -  全5巻BOX版もあり

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2016年11月14日

ファミリア創業者・坂野惇子(中野明)

ファミリア創業者 坂野惇子 - 「皇室御用達」をつくった主婦のソーレツ人生 -
ファミリア創業者 坂野惇子 - 「皇室御用達」をつくった主婦のソーレツ人生 -  2016.9

今期の朝ドラ、第1週の終りに見るとなにやら主人公は戦前のお屋敷のお嬢様だ。これじゃあ庶民感覚とずれて感情移入できないなあ、と思ったがなんと父親の会社はレナウンの大元になった会社と知って俄然興味が湧いて、さっそく関連本を読んでみた。残念ながらファミリアは名前は聞いたことがあるような気がするものの、子どもにはスーパーの安物しか着せなかった。3年前に孫のために買った産着は縫い目が外にあったからあるいはそれがファミリアだったか。

本は惇子を中心にファミリアの軌跡を要領よくまとめてある。これを読むとファミリアの成功は、本人たちの丁寧な商品作りとあいまって、いくつかの幸運が重なってできたものだというのが分かる。

まず、中心となる女性四人はいずれも裕福な生まれで、女学校時代に学校とは別に洋裁や絵画などを学んでいて腕に覚えがあった。中には既に洋裁を請け負っている者もいた。次に惇子は高級な生地を軽井沢の別荘に疎開させており、戦後の物資の無い時代にそれを活用できた。

そして人脈。ドラマにも出てくるが、父と父の会社の者と、お抱え靴屋と、それぞれの夫である。
まず第一には戦後になり「これからはお嬢様ではいけない、自分の力で仕事をし、一労働者になりなはれ」と助言した父の会社の尾上清の助言だ。そして父も、夫も妻や娘が働くことに賛成している。また他の3人の夫も賛成し、経理面などで最初から手伝っているのである。

最後には、軌道に乗せるまで、また乗った後の惇子たちの商品へのこだわりがファミリアを作ったといえる。

この夫たちの理解と、腕に覚えある四人の主婦、という点が重要だと思うのにまったくドラマでは描かれてないのでドラマを見る気が失せてしまった。なにより夫は店を始める前に帰還していて、夫が「いいじゃないか」と言っているのである。

坂野惇子 子ども服にこめた「愛」と「希望」 (中経の文庫) -
坂野惇子 子ども服にこめた「愛」と「希望」 (中経の文庫) -  こちらは歴史読本編集部編。上の本とほとんど内容が同じで言い回しまで同じところがあるが、コンパクトにまとまっている。


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2016年09月18日

さらば愛しき人よ(BS)

映画チラシ「さらば愛しき人よ 」シャーロット・ランプリング -
yti380洋画映画チラシ「さらば愛しき人よ 」シャーロット・ランプリング -

録画してあとからで見ようと思っていたのが、居眠りから目覚めたら開始後5分くらいだった。映画に何の知識もなく、題名とロバート・ミッチャムという俳優で見ようと思ったのだが、見始めたらぐいぐい引き込まれた。あれ、マーロウ? 私立探偵? おっとこれはあの「ロング・グッドバイ」の探偵か、と思い、映画もマーロウの語りで進められる。英語が分かれば、この語りも名フレーズがちりばめられているのだろうなあと思いながらみる。この手法は合っていたのではないか。「ロング・グッドバイ」の映像というと同じNHKのドラマの浅野忠信の世界をだぶらせながら見てしまった。異和感はない。

依頼が、ム所に入る前につきあっていた女を探してくれ、である。題名と依頼人のあの風貌から、どんな女性なのか?と 引き込むツボがある。まあ題名の「さらば愛しき人」は原題の「FAREWELL, MY LOVELY」そのままのうまい訳で、この題名が最後のオチとなるのだった。なにせ情報が無いので時代は見ながら推測するが、ディマジオが打った、とこれも時間の進みにキーとなるものなのだが、あれ、ディマジオってマリリン・モンローと結婚した人だったかな?とすると50年代? でもロシアが進行、とあるので40年代の今まさにあの戦争が始まろうとしている? あとで調べたら原作はシリーズ2作目で時代は1940年LAということだ。

時代設定のせいか黒人の命が軽い。しかしそこは逆に作者が皮肉っている。黒人に限らずよく人がバタバタ死ぬ。そして極めつけは「愛しき人」だ。有力者の妻で出てきたのが、なんとシャーロット・ランプリングだった。76年の映画で一番きれいな時ではないか。ほんとに美しい! しかし、美しすぎて、無垢な感じがしてしまう、役どころは無垢ではない。「愛しき人」はム所帰りの恋人だった時は酒場の踊子だ。それに、ネタバレになるが一番のワルモノなのだ。最後になると、チャンドラーってほんとは女が嫌いなのか、あるいは信用してないのかと思う。ロング・グッドバイでも最後は主人公の美しい女にマーロウも周りも軽く翻弄されて終わる。でもなにか惹かれるマーロウ。図書館で「大いなる眠り」 を借りてきてしまった。

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫) -
さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫) -  原作本。2011の村上春樹訳。1976の清水俊二訳が「さらば愛しい人」題名はこちらの方がかっこいい感じがする。
映画はVHSのみのようだ。

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2016年08月15日

超・箇条書き(杉野幹人)

超・箇条書き―――「10倍速く、魅力的に」伝える技術 -
超・箇条書き―――「10倍速く、魅力的に」伝える技術 -  2016.6

外資系で働いてきた著者が培ったプレゼンの技術を伝授。
単なる箇条書きでなく、それに「構造化」「物語化」「メッセージ化」の内容を加味して紙面を作る。
「構造化」
・相手が全体像を一瞬で理解できるように。伝えたいことの幹と枝を整理。
 @状態・現象(自動詞で表現)と、行為を伝える文(他動詞で表現)をまとめる。
 A「時間軸」を整理する。並列のつながりと直列のつながり
   「人員不足、競合製品がある」ので「戦略部から営業部に応援人員を出して対応する」
   (状態・並列 自動詞)→(時間軸)→ (行為)
 B「ガバニング」最初にまとめる
   ・原因は2つ「人員不足、競合製品」
   ・対応策は1つ「応援人員を出す」
 *「体言」止めは曖昧になるので使わない
   「×コストの低下」 をするのか、原因なのか が分からない
「物語化」
・相手が関心を持って最後まで読み切れるようにする。相手の文脈を考えて全体の流れを作る。
  イントロとフック〜小見出しをつける
  MERC崩し〜重要な部分のみ伝え、全てを伝えない
  固有名詞を出して気を引く

「メッセージ化」
・相手の心に響かせ、行動を起させる
  自分のスタンスを明確に〜賛成か反対か
  隠れ重言排除〜同じ言い回しでダブっている部分を無くす
  否定 「市場の声に耳を傾けず 新商品を自分の信ずる新商品を作ります
  数字 〜を改善する → 具体的な方法を示す「売上を1割伸ばす」  

※相手に時間があり勉強かタイプの時はベタ書きの方がよい

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2016年07月31日

さざなみ(映画)

毎週の新聞映画紹介欄のシャーロット・ランプリングの老境の顔と紹介文で観てみようかと思った。

土曜日に結婚45周年のパーティーをするその週の初めに届いた、知り合う前の夫の昔の恋人の死体発見の通知。映画は、月曜、火曜、水曜、と一日ごとに進む。次第に見えない昔の恋人に対し普通ではいられない感情に捉われる妻。夫も昔の感情を思い出しているように思える。そして迎えるパーティーでの夫のスピーチ。夫は妻に記念のペンダントを送り、「人生の選択はまちがってなかった。妻よありがとう」と言い涙をながす。夫は画面から去り、S・ランプリングの顔が大写しになって映画は終わる。スピーチではえーっつ、納得したの?なーんだ、と一瞬思ったが、大写しのランプリングの顔は憂いに満ちている。

チラシは夫の顔が4分の1で表情は見えない、ランプリングは8割映っていて、グレイの目と結んだ唇が映画の内容を物語っているようだ。設定では1962年に夫が25歳なので、制作年2015だと夫は77歳、妻は10代で夫と知り合ってることになっているので70歳位の設定か。するとこの後夫の平均寿命まで10年位は結婚生活が続くわけだ。いや続かないか。監督は42歳である。夫の昔の女性関係に妻の心にさざ波が起こる、というのはよくあるだろう。それが結婚1年目か20年目か45年目か。1年目に起こっても封印し、それが45年目にまた再燃するかもしれない。紹介文を見た時からこの映画は夫とは観たくない、1人で観たいと思ったが正解だった。

場所はイギリス郊外なのか、非常に美しい田園風景に溶け込む毎朝の犬の散歩のランプリングの足の長さよ、実年齢70歳という姿のよさよ。(しかし身長は自分とほぼ同じなのだ)

「さざなみ」公式サイト

「さざなみ」映画comサイト
  監督インタビュー 42歳の監督に老境の夫婦の心情を見透かされる・・

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2016年07月18日

竜と流木(篠田節子)

竜と流木 -
竜と流木 -  2016.5

南の小さな島の泉でそっと生きてきた生物ウアブ。説明からだとウーパールーパーのようなもの。島が開発され泉が無くなることになり愛好者たちは隣の島のリゾートホテルの池に移植することにするが・・・
自然と共生した島の暮らしに踏み込むリゾート開発、南国の自然を売りにしたホテルの敷地内は作られた自然だ、とか、ワニやイモリなど時には人間を襲う動物ともうまく共生してきた島の暮らしに相対するホテルの自然など、自然をそのまま守ることの難しさ、人間の都合によって自然を作り換えても、そうたやすく自然は屈しないぞ、といった警告を発している。
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郡山市開成館

美術館の後、郡山市開成館に行ってみました。
日本三大疏水の一つ安積疏水の敷設にあたって中心となった建物です。明治7年建築。
郡山市開成館

疏水がひかれるまで郡山周辺は水に乏しく荒れた荒野が広がる寒村であったとされます。西の天空514mに豊富な水を讃える猪苗代湖は日本海側に流れ、「猪苗代湖の水を安積荒野へ」という疏水開さくの構想は江戸時代からあったといいます。安積に水が流れると会津方面への水が少なくなるのではないか? これを解決したのが十六橋水門。疏水の完成は明治15年。

展示では文学者の「久米正雄の住んでいた部屋」などというものがあり、又久米正雄の「故山の雪」という文が置いてありそれによると、母の実家は米沢藩士で廃藩置県後この安積に移住した。夫は長野で校長をしていたが校舎焼失で御神影を焼いてしまったということで自刃し、母は実家の地に戻り、当時この開成館は2階が村役場、1階は村民の住む所に貸していた、ので正雄8歳から19歳までこの開成館で育ったと書いてあった。

開成館内安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)
同じ敷地内にある「安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)」
久米の「故山の雪」には、母の父は立岩一郎と言って・・とあり、とするとこれは久米正雄の母が育った家ということになる。開成館と同じ時期に建てられ、「福島県開拓掛」の事務所は開成館2階におかれ、3名の職員は官舎にその他の職員は1階に住んでいたとある。久米正雄は明治24年生まれで郡山に戻ったのは8歳の時とあるので、明治32年。母は実家そのものには戻らず貸し間となっていた開成館に住んだということか。

安積開拓入植者住宅
こちらは入植者住宅。

安積疏水の歴史(安積疏水土地改良区)
安積疏水図 (東北地質調査業協会誌「大地」2003)

安積疏水の歴史 (東北農政局)

十六門橋の功績者ファン・ドルーン (農林水産省) 桑野村の成り立ちの記述あり(開成山のある地)

郡山というと頭に浮かぶのが野口英世。昔野口英世のドラマを見た時、確か柴俊夫が英世役だったが、まだ猪苗代にいて都会へのあこがれを語るのに「郡山に行くんだ、郡山はでかいぞ」というセリフが妙に頭に残っている。ちょっと調べると英世は明治9年生まれで、明治26年から29年あたり手の手術をして会津若松に住み、29年に上京したとある。とするとこのセリフは上京直前かなと思う。疏水開設後12,3年経って郡山は急速に発展していたのだろう。会津若松も大きいと思うのだがまだ戊辰戦争の影響が残っていたのか。




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吉田博展(郡山市立美術館)

吉田博展郡山市立美術館 2016.7.17
7.10の日曜美術館での特集をみてさっそく行ってみました。実は先週までまったく知りませんでしたが、冒頭、ダイアナ妃も自ら買い求め執務室に飾っていたとか、黒田清輝の白馬会に対し旧派と呼ばれるようになって対抗していたとか(このあたりやはり前に日曜美術館で見た五姓田義松を思い出す)、途中から版画を始め、その摺りの再現などをみてとても興味が湧きました。特に版画の水面のゆらぎ。

さて郡山駅。バス停には30人位の人の列。このバス停でいいのか聞いてみると前も後ろも美術館に行く人。ほとんど美術館前で降りたのでした。

会場は年代順になっており、要所での説明版も分かりやすい。水彩、油絵、版画とくるのですが、見終わってみると、水彩が一番いいかなと思いました。スケッチブックなども展示され、ああ、こうやって無数に書いているんだと感慨します。決死の最初のアメリカ渡航とか、白馬会との確執とか、版画を彫っている画像とかを知っているのでよけい感慨深かったのだとは思いますが、1人の画人の一生懸命な生き方が絵を通して伝わってきました。

また、昭和25年に73歳で亡くなってますが、やはり戦時中は従軍画家として絵を描いていました。戦闘機に乗せてもらったようだとの説明がありましたが、日本軍の小さな戦闘機が空中から中国を爆撃している大きな絵がありました。藤田嗣治が戦争画を描いた事で戦後日本にいずらくなったと聞きますが、吉田の場合、英語が話せることで自宅が進駐軍関係者の集う場となっているのです。またマッカーサーも吉田の絵を知っていたとあります。日本洋画界の勢力では黒田清隆に負けたのかもしれませんが、子供や孫も版画家となり自宅で家族に囲まれた写真をみると、生きるように生きた、という言葉がふさわしい気がします。

なんと美術館の庭には、バリー・フラナガンのうさぎが!
Bフラナガンのうさぎ1郡山市立美術館

Bフラナガンのうさぎ2郡山市立美術館

展覧会はこの後、久留米市、上田市、東京と回る。

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「暮らしの手帖」とわたし(大橋鎮子)

【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本) -  

本人89歳の時に、子ども時代、暮らしの手帖を始めて花森氏が亡くなるまでのことを書いた。ドラマよりこの本に書かれてる事実の方がシンプルて面白く、本物の鎮子さんの方がものすごくバイタリティーがある。

大正9年3月10日、東京麹町の病院で生まれている。父は岐阜県で生まれ深川の材木やの養子となり、北大に進学し、麻を作る会社に就職。母は京都で生まれ小樽で育ち、なんと女子美を出ている。北海道の工場長として赴任した鎮子の父と小樽で出会い結婚。父亡き後は財をなした母方祖父のおかげで学校を出たとある。

職歴も日本興業銀行の調査課で経済などと銀行内の資料を作る所に配属。同期には男性15人、女性が10人位いたとある。その後、もっと勉強がしたいと銀行をやめた先輩に刺激され、日本女子大に入学するが風邪をこじらせ結核のようになり半年で退学。で日本読書新聞に入る。日本読書新聞が日本出版文化協会の機関誌を作るようになったため日本出版文化協会に出向。そこで終戦。

出征していた男性も戻ったが、「使われていたのでは収入が少ない、今まで女で一つで私たち姉妹を育ててくれた母や祖父に恩返しをしたい、自分は戦争中の女学生であまり勉強もしていない、私の知らない事や、知りたい事を調べて出版したら、自分より上下5歳位の人が読んでくれるのでは」ということで雑誌作りを思い立つ。

で、花森氏の紹介を受け、その思いを話すと「僕は母親に孝行できなかったから、君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」とその日のうちに方向性が決まったとあります。また花森氏は「二度と戦争にならないよう、自分の暮らしを大切にするようにしたい、みんなにあったかい家庭があったら戦争にならなかったを思う」と語ったとある。なんと花森氏は大政翼賛会にいたのであった。ここが衣・食・住、あの暮らしの手帖の原点なんだ、あのどこかかたくなさを感じる誌面はここであった。
posted by simadasu.rose at 07:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 本・エッセイ、小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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